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2008年2月17日 (日)

日本には「鎖国」という奥の手がある

 本や雑誌を読む時間が少ない自分は、ブログのネタも新聞やインターネットから拾うことが多くなりがちです。IT業界で営業サポートのような仕事をしていると、日経BP社のサイトにはずいぶんお世話になることが多いのですが、ついついこの会社のページを覗いてしまうもうひとつの理由は、各界の第一人者の方たちによる充実したエッセイが(無料で)読めるというところにあります。経済評論家の森永卓郎さんも人気の執筆陣のひとりで、毎回とてもいい文章を発表されています。小泉政権がやったような弱者切り捨ての経済政策に、一貫して反対を貫いているところにいつも共感しながら読んでいます。特に先週掲載されたエッセイは面白いと思いました。『信長の改革と構造改革はうり二つ』というタイトルで、小泉改革を織田信長の経済改革と対比させて論じたものです。内容については本文を読んでいただくとして、結論は、そろそろ信長がやったような拡大主義の構造改革はおしまいにして、家康がやったような国内中心の小ぢんまりした平和主義に回帰すべき時ではないかというのです。私はこの考えに100パーセント賛成です。

 以前の記事で金融問題について触れた時には、自信がなくて少々議論が及び腰でしたが、今回森永さんの文章を読みながら、やっぱりそうだよなと意を強くして思いました。おそらく森永氏のような、著名な経済評論家で大学の先生でもある人には言いにくいことでも、自分のような無名のブロガーならはっきり言えます。つまり、いまこそ日本は、経済の領域では信念を持って〈鎖国政策〉に転換すべし、ということについてです。ここ10年くらいのあいだ、規制緩和だとかグローバル・スタンダードだとかいうコトバが、ニュースに載らない日が無いくらい耳慣れたものになりました。おかげで日本人の意識もずいぶん変わって来て、個人で株の売買をする人の数も急激に増えましたし、規制緩和のおかげで、いつの間にか上場会社の株式の三割近くが外国人投資家の所有になってしまった。それでもそれがおかしいと思う人はほとんどいなくなってしまったのです。たまに外資をハゲタカファンドなどと揶揄して呼ぶことはあっても、それは基本的には国際ルールに則ったフェアな取り引きであって、株や投資信託で損をする人は自己責任だという訳です。

 でも、常識に立ち返って考えてみれば、やはりおかしいと思うことがあります。資本主義の最もシンプルなモデルは、資本家が将来有望だと思われる事業に資金を提供して、その事業の成長の見返りとして配当を得るというものでしょう。だとすればヘッジファンドやデイトレーダーと呼ばれる人たちがやっていることはやっぱり変です。こういう人たちは、ある会社の事業内容に将来性を見ている訳でもなければ、経営者の思想に共感を感じている訳でもない、単に値ごろだと思われる企業の株を買って、高値がついた時にそれを売り抜くことだけを目的にしているからです。言ってみれば、株式市場を利用してギャンブルに興じているだけなのです。どう考えても、これは健全な資本主義の一面ではないですよね。モノやサービスを売り買いする実体経済の大きさに比べて、実に百倍以上ものお金が日々金融取引に費やされていると聞けば、誰だって背筋が寒くなるのではないかと思います。ひと昔まえまでは、素人が〈株に手を出す〉ことは良くないことだと考えられていました。これは日本人の意識に資本主義の思想が根付いていなかったためというより、株式投資というものの危うさを肌で感じ取っていた日本人の意識の健全さを表していると私には思われます。実際に、そうしたメンタリティを抱えたままで、日本は外資に頼らず国民の勤勉さだけでもって、これほどの経済発展を遂げて来た訳ですから。

 ブルドックソースやサッポロビールを買収しようとした外資のスティール・パートナーズは、世界中の多種多様な企業の株を買い漁る、典型的なヘッジファンド企業だそうです。ブルドックソースへの買収は、日本の最高裁の決定で非合法だという結論が出されました。これに対して、規制緩和派の人たちが腹を立てています。これは日本経済の閉鎖性を象徴するものだというのです。しかし、庶民の感覚からすれば、国内で親しまれた歴史のある企業が、聞いたこともない外国の投資会社の手に落ちることは納得がいかないというのが正直なところだと思います。こうした庶民感覚を時代遅れのものだと専門家は一蹴するでしょうが、こちらにだって言い分はあります。企業の存在意義を、社会に対してどれだけの付加価値を提供出来るかという一点で測るならば、投資専門会社がやっていることはやはりおかしい。要するに企業の価値というものを、株式の時価総額でしか見ない思想が根底にある訳で、彼らの関心事は自分の資本をいかに殖やすかという点にしかないのです。これまで日本の多くの企業は、株主よりも顧客の方を向いて、そのブランド価値を築き上げて来たのだと思います。そういう健全な産業の伝統と、スティール・パートナーズのような会社の思想とが折り合う訳がありません。

 とにかくいま政府が緊急に行なうべきことは、世界中で吹き荒れている金融資本主義の嵐から、国内の産業を守ることだと思います。直接外資を制限するのが難しいと言うなら、国内の投資家も含めて、株式売買のルールを日本独自のものに変えることは出来ないものでしょうか。例えば、投資家が株式を取得した場合、買ってから一年間は売れないというルールを追加するだけでいい。そうすれば目先の利益だけを狙ったギャンブル投資の中から、本来の事業成長に対する投資だけをふるいにかけることが出来ます。あるいは短期での株式売買には、非常に高い税金をかけるというアイデアもあります。来年を目標に日本の株式は電子化される予定ですから、この機会にそうした仕組みを取り入れることも技術的には可能だと思います。世界の中には、まだこれから経済成長をするために、外資を呼び込まなければならない国がたくさんあります。が、日本はすでに外資に頼らなくても、国民が世界一の貯蓄を持っているような国なのです。サブプライム問題のようなものが実際に起こっている今日、狂乱のギャンブル資本主義に日本がついて行く必要はまったくない筈です。金融先進国の宣伝文句に過ぎないグローバル・スタンダードなどというコトバには背を向けて、むしろ日本は成熟した国としての新しいモデルを模索すべきだと思います。

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