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2007年12月 9日 (日)

なるほど国が滅びるということは

 昨日のニュースから。厚生労働省の検討会が、生活保護費の引き下げを認める報告書をまとめたのだそうです。以前から生活保護費は国民年金の支給額と比較しても高過ぎる、不公平なので引き下げるべきだという議論があることは知っていました。前にも書いたことですが、これはまったく倒錯した議論だと思います。今回の報告書は、生活保護費の受給世帯の収入を、非受給世帯のなかの最低所得者層と比較して、月額でこれだけ高いということを示す内容なのだそうです。それが事実なら、結論はまったく逆でもありえる筈ですね、つまり貧しい世帯の中で生活保護を受給してしかるべき世帯の多くが、そのセーフティネットから漏れてしまっているということです。日本には生活保護世帯が約百万世帯ありますが、本来なら生活保護の対象となるべき世帯は四百万世帯にものぼるという話を聞いたことがあります。国が自ら社会福祉を切り捨てて作り出した貧困層と比較して、生活保護世帯は恵まれ過ぎている、基準を引き下げるべきだというのは、まともな学者や有識者の採用すべきロジックだとはとても思えません。政治に対する不信感がこれだけ高まっている時期に、こんな報告書を書いた勇気ある人たちの名前を、私は記憶しておきたいと思います。

 来年度予算では、社会保障費を2200億円圧縮することが決まっていて、その予算編成のつじつま合わせとして生活保護費の削減も計画されているのだそうです。何故政府は、国家予算の中には削っていい予算といけない予算があるということを認識しようとしないのでしょう? そんなものは防衛費を少し削るだけで済む話ではないか。腐敗した防衛官僚の実態が明らかになったいま、それに反対する国民もほとんどいない筈です。だいたい日本政府は巨額の赤字を抱えていて、予算財源にも困っているという宣伝が嘘八百です。確かに政府は八百兆円もの借金を抱えているかも知れませんが、一方で国有資産だって七百兆円もあるわけで、政府のバランスシートは決して他の先進諸国と比べて悪い状態にある訳ではない。破綻した夕張市とは財務内容がまるで違うのです。マスコミを使って国家の財政危機に対する不安を煽っているのも、増税を国民に受け入れさせるための伏線であることは、すでに多くの国民が見抜いているところです。

 もしも今年のキーワードをひとつ選ぶとしたら、「政治不信」という言葉以外にはありえないような気がします。いくら総理大臣の顔が替わろうと、国民にまっすぐ向き合う政治をしようとする政治家が現れないことが情けない。いつからこの国ではこれほどまでに人材が払底してしまったのだろう。なるほどひとつの国が滅んで行くということはこういうことなのだな、今年はそんなことを実感させるニュースばかりでした。子供の学力低下のニュースも耳に新しいところですが、尊敬出来る大人や誇れる母国を持たないいまの若い人たちに、試験で点を取る能力だけを身につけさせても虚しい話です。昨年末には教育基本法も変えられてしまったし、今年は平和憲法を改悪するための一歩も踏み出した。もしも半世紀後に、まだ日本人という国民が存在しているものなら、きっと2007年という年を亡国の分岐点となった年として思い出すに違いない、年の瀬を迎えてそんな憂鬱な考えばかりが心に浮かぶのです。

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