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2007年12月31日 (月)

詩人の生誕百年に寄せて

 「一番好きな詩人は?」と聞かれたら、中原中也と答えます。たぶん十代のころに聞かれても、同じように答えたでしょうから、もう三十年以上も中也ファンを続けていることになります。高校生のころに小林秀雄を読み始めて、その感化力の強い文章にすっかりやられてしまった自分にとって、中原中也はそれを中和する解毒剤のようなものでした。最近では小林秀雄を読み返すこともほとんどなくなりましたが、いまでも中也の詩集は折りにふれてひもどくことがあります。今年は詩人の生誕百周年の年だったんですね。それを記念した出版やイベントなども数多くあったようです。この機会に自分も中也について何か書きたいと思いつつ、気が付けば今日はもう大晦日です。

 中也について何か書くことが難しいのは、日本語を母国語とする私たちにとって、その魅力があまりにも身近過ぎるせいではないかという気がします。一部の文学青年ばかりでなく、いまどきの日本人なら誰もが十代のころに中也の詩に出会い(国語の教科書の中で)、たいていの日本人にとってはそれが最初の鮮烈な詩体験になっているのではないでしょうか。たまたま中原中也という個性的な詩人を知るというのではなくて、それが現代詩というものの原型なのだという強い刷り込みを受けると言ってもいいと思います。人は自分だけが思い入れのあるマイナーな趣味については雄弁に語れるけれども、誰もが一様に認めるデファクト・スタンダードであるものについては、多くを語る言葉を持ちません。少なくとも私自身は、そんなふうに中原中也を語ることの難しさを感じています。詩を読んで与えられる感動が、自分でも驚くほど深刻であるのに比べて、その感動を口にする自分の言葉が、嫌になるほど凡庸であることに気付かざるをえないからです。

 今年出版された本の中で、福島泰樹さんという方の書かれた『誰も語らなかった中原中也』というのを読みました。中也と交友のあった人から直接話を聴いて、これまであまり知られていなかった晩年の詩人の実生活について、深い愛情と洞察をもって考証された評伝です。一読してとても心を打たれるものがありました。そして、実生活において中也という人が、いかに付き合いにくく困った人だったかということについても、認識を新たにしました。詩人の口を衝いて出た、「俺は淋しさの塊のようなものだ」という言葉が伝えられていますが、ほんとうに中也という人は、淋しさが昂じて狂気にまで至ってしまった人だったんですね。小林秀雄や大岡昇平にも、中原中也との交流を語った文章がたくさんあります。しかし、そこに感じられる〈優しい侮蔑〉とでも呼びたいような気分に私はどうしても馴染めない。その理由がこの本を読んで分かった気がしました。小林や大岡というのは、早い話が実生活での中原を見捨てた人たちだったのです。この本に綴られているのは、最後まで中原を見捨てなかった、いや、むしろ見捨てられなかった人たちとの鬼気迫る魂の交感の物語です。

 もしも中原中也の詩の本質を、ひと言で表現するとしたら、どういった言葉が最も相応しいでしょう? 「傷ついた孤独な魂の叫び」だとか、「求道の調べを持った道化歌」だとか、まあ、いろいろな言葉が考えられると思いますが、私はそれを、「手なずけられた狂気」という言葉で表現したい気がするのです。自分のような感受性の劣化した中年男でも、中也の詩を読んでいると、「この方向は危険だな、このまま進むと帰れない地点まで行ってしまうかも知れないぞ」、そんな怖さを感じることがあります。そのぎりぎりの地点で踏み止まっているバランス感覚が、中原中也という詩人の一番の魅力だと言えば、少し不謹慎な言い方でしょうか。中也節とでも呼びたいような七五調を巧みに使った独特な語法も、いまある私たちの世界を侵食して来る、もうひとつの世界と接していることによって生命を吹き込まれているような気がする。中也の場合、そのもうひとつの世界というのは、おそらく彼にとっては身近なものだった〈死者の世界〉だったのだと思います。中也は『詩的履歴書』という文章の中で、七、八歳の頃に幼くして亡くなった弟を歌ったのが詩作の始めだと書いています。中原中也という詩人の生涯のテーマは、そんな早い時点ですでに決まってしまっていたのかも知れません。

 中也には自選の詩を編集した二冊の詩集があります。一冊は生前刊行された唯一の詩集『山羊の歌』、もう一冊は三十歳で夭折した詩人の死後に刊行された『在りし日の歌』。前途に新しい詩作の希望を持っていた若い詩人が、自著を『在りし日の歌』と命名するところからして不気味ですが、それよりも不思議に思うことは、この二冊の詩集に採用されなかった未刊の詩のなかにこそ、中也がその本領を発揮したと思える詩が多いという点です。いや、これは私だけの感じ方かも知れません。しかし、私にはこの精神を病んだ詩人が、自らの詩を取捨選択するに当たって、何か重大な封印を施したような気がしてならないのです。もしも中原中也の詩のなかで、最も好きな一篇を選べと言われたら、私はこの未刊の詩のひとつにある『秋岸清涼居士』という作品を選ぶと思います。これもやはり十九歳で死んだ弟のことを歌った詩で、何か不吉なものの影を色濃く感じさせる気味の悪い作品です。例えばこれを有名な『春日狂想』と比べてみれば、後者は狂気というものを希釈して、それを一般向けに整形したものであるという印象があるのです。どちらがより傑作だという話ではありません。冥界との生々しい交信記録とも見えるような一連の詩群を、作者自身が封印したということ、そのことの意味を私は想っています。

 さあ、今日はこれ以上深く文学鑑賞の領域に立ち入るのは止めましょう(その時間もありませんから)。中也は遺作となる二冊目の詩集の後記の中で、十三年に亘る東京での生活に終止符を打ち、故郷に帰って『いよいよ詩生活に沈潜しようと思つてゐる』と書いています。この後記を書いた二週間後に脳腫瘍を発病し、その二週間後には死んでしまうのですが、私は中也が自分の死に対する強い予感を持っていたとする説には、気持ちとしてあまり賛成したくありません。自らの詩業を冷静な目で見渡し、刊行用の作品とそうでない作品とを弁別していた時点で、詩人には確かに次のステップに進む準備が出来ていたのだろうと考えるからです。中也のお母さんのフクさんは、百歳近くまで長生きした人でした。いま仮に中也が百歳のおじいさんとして生きていたとしても、若い頃の作品の価値に何の影響がある訳でもありません。中也を読む時には、「夭折した詩人」という作られた類型に、余計なノスタルジーを感じ過ぎないよう気を付けなければならないと思います。

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2007年12月24日 (月)

ゲゼル思想研究日誌(6)

 ちょうど昨年のいまごろ、偶然手にした『エンデの遺言』という本で、シルビオ・ゲゼルという思想家のことを知りました。このブログの最近の記事を見渡していただければ、ゲゼル思想への取り組みが今年のひとつの柱になっていたことに気付かれると思います。五十歳にして初めて自分が一個の〈ゲゼリアン〉であることに気が付いた、今年最初の記事で私はそう書きました。その時の感動は、一年経ったいまでも変わっていません。経済学を学んだことのない私の理解が、どの程度正鵠を得たものなのかは分かりませんが、それでも自分の世界観が以前とは大きく変化したことだけは確かなのです。今年は年金問題が社会を大きく揺さぶり、首相交替のドタバタ劇もあって、とにかく混迷を極めた一年だったと思います。新しい年を迎えるに当たっても、あまり明るい希望は見えて来ません。少子高齢化や社会格差の拡大は急速に進んでいるし、年金や医療制度の先行きも不透明ならば、国家財政の破綻もささやかれている。誰もこうした問題に対する根本的な対策を打ち出すことが出来ず、国全体がいわば諦めムードに落ち込んでいるようにさえ感じられます。ところが、われらゲゼリアンにだけは、明るい将来の国の姿が見えているんですね。私たちには、これらの問題に対する究極の解決案があるからです。

 今年の後半は米国発のサブプライム問題で、世界の経済が大混乱に巻き込まれました。日本は金融技術が未成熟だったことが逆に幸いして、欧米に比べれば蒙った影響は少なかったようです。ところで、実はサブプライム問題が発生した最大の原因は日本にあるという意見を、複数の経済評論家の文章で読みました。こういう論法です、今日のようなグローバル規模での金融取引の増加(実体経済の百倍以上)は、その背景に世界的な過剰流動性(つまり金余り)の問題がある、これは日本人が持つ1500兆円という巨額の個人資産が、国内の低金利に嫌気をさし、海外に向かった結果であるというのです。確かに戦後一貫して、日本人はせっせと貯蓄に励んで来ましたし、比較的最近まではそれが主に国内の投資に向けられ、海外に流出する金額は少なかったのだと思います。しかし、個人資産が国内投資に費やされるということは、つまるところ国の借金がそれだけ膨れ上がるということにつながる訳で、日本政府はこれまた世界でも例の無いほどの借金を抱え込むことになった。その結果として、日本の政策金利がゼロになったのが1999年のことです(借金をする側が自由に金利を決められるという点に、国家権力というものの恐ろしさを感じますね)。金利ゼロという異常事態のなかで、外圧による金融自由化が行なわれて、外国株式や外国債券への投資がブームになった。要するに、日本国内で余ったお金が1980年代後半のバブル経済を引き起こしたように、金融自由化によって世界に飛び出した日本のお金が、世界的な金融バブルと土地バブルを引き起こしたというのです。

 これがどこまで信憑性のある説なのかは分かりませんが、話としては面白いでしょう? でも、日本人のひとりとしては、面白がってばかりもいられませんよね。よく日本人は働き過ぎで遊ぶことを知らないと外国から揶揄されていた時代がありました(エコノミック・アニマルなんて呼ばれたりして)。それも仕方の無いことだと私たちは思っていたのです、なんと言っても日本は敗戦国としてゼロから再出発したのだし、もともと資源にも乏しい国だったのだから、一生懸命働くことでしか豊かになる手段が無かったからです。イソップ童話に出て来るアリとキリギリスの話では、みんながアリの方にシンパシーを感じて、事実みんながアリになったのです。財務省のページに、1950年以降の日本の貿易収支が掲載されていました。それによると、日本が戦後初めて貿易黒字を計上したのが1965年、その後は黒字と赤字が交互にやって来て、1981年以降はずっと黒字が続いています。この57年間の累計収支をエクセルで計算してみたら、246兆円ものプラスになっていることが分かりました。これにさらに金利が加わる訳ですから、そりゃあ世界経済に与える影響だって大きいでしょう。お金の使い方が世界一下手な国民が、世界一の金持ちになった。これがグローバル化した世界の金融市場にとって、非常に不確実で不安定な要因を作っていると見られているのです。

 そろそろ私たちは、お金を貯めることは実は不道徳なことなのかも知れないというふうに、発想を転換する必要があるのではないかと感じます。何故かと言えば、お金を貯めるということは、ほんとうに必要としている誰かからそのお金を奪い取っていることだとも考えられるからです。その誰かとは、国内のワーキングプア層の人たちかも知れないし、他の貧しい国々の労働者かも知れないし、まだ生まれていない将来の子供たちかも知れない。とにかくお金というものは、それこそ世の中を駆けめぐってナンボのものなのですから、その流れをせき止めることはそれだけでも罪なことだと言えると思う。もちろん、老後やいざという時の蓄えとして多少の貯金をすることは必要だし、推奨されるべきでしょう。でも、そのトータルがGDPの3年分ということは、いくらなんでもないんじゃないかな? 日本人の個人資産が1500兆円もあるという話を聞くと、私はどうしてもそれを〈世界中のお金が行き着く墓場〉というイメージで想像してしまうのです。

 ということが、理屈の上では納得出来たとしても、私たちがいまの生活を変えて、景気のいい消費生活に移行するのもなかなか難しいことです。残業が多くて長期の休暇がとりにくいという会社の事情ばかりではありません、消費税のアップはもう既定の事実になっているようだし、老後を託していた筈の年金もまったく当てに出来ない状況だし、福祉や医療への予算は容赦なくカットされるばかりだし、とても貯金を取り崩して消費に回すなんてことは恐くて出来ない。これが私も含め、まあ平均的な日本人のいまの心境ではないかと思います。これもイソップ童話じゃありませんが、いくら厚いコートを脱ぎたいと思っても、これだけ北風がびゅうびゅう吹いている状況では、自分だけが薄着になる訳にはいかないのです。で、ますます国民の財布のヒモは堅くなり、国内消費は伸びず、景気も停滞、税収も増えずに国の借金も膨らむばかり、という悪循環がいつまでも続くことになる。どうしようもない金縛りのような状態に、国全体が陥っているような感じです。どうしたらこの金縛りが解けると思いますか? その解答こそが、シルビオ・ゲゼルの提起した〈減価するお金〉の仕組みなのです。(やっとそこにたどり着きました。)

 その具体的な内容については、これまでに何度も書いて来たので繰り返しません、要するに現金や株式や債券といった流動性のある資産に対して、年に5パーセントくらいの課税をするというアイデアです。今年1千万円の宝くじが当たったとしても、使わずに預金しておけば、来年の今ごろには950万円に目減りしている。いや、タンス預金ですら、この税金を免れることは出来ないのです。これが決して国民の財産をむしり取る悪税ではなく、いかに人間の本来の性質に適ったものであるかは、ゲゼルさんの本を少しでも読んだ人なら知っている筈です。想像してみてください、もしも保有している預金や証券が年に5パーセントの割合で目減りして行ってしまうものなら、あなたは稼いだお金をどうやって利殖しようかと考えるより、どうやって有効に使おうかと考えるようになるのではありませんか。今日の経済的な仕組みの中では、稼いだお金には高い所得税が課されるし、それを使う時にも消費税を取られる。一方、いったん貯め込まれた預金の元本には課税がされないという特権があります。これではお金は使われるよりも、蓄えられることになるのが自然の理です。もしも国民の資産に課税出来るものなら、消費税などはすべて廃止出来るだろうし、所得税や法人税の税率だってうんと低く出来る。それがまた消費を促進するという好循環につながるのです。税収だって安定するので、持続可能な社会保障制度も確立する。そうなれば将来への不安から、無理に貯蓄をしようとするアリの生き方も変わって来るでしょう。ほんとにすべてが好転するような気がします。それは政治家にとって望ましいだけでなく、我々市民から見てもとても幸福そうな社会のイメージではありませんか?

 よく落語などを聴いていると、「江戸っ子は宵越しの銭を持たねえ」というセリフが出て来ますよね。一説によれば、これは貨幣を退蔵させずに流通させるための、時の幕府による巧妙なキャッチフレーズだったのだそうです。ことの真偽はともかく、私の想像の中にある江戸時代の社会は、今と比べればずっと貧しかったけれども、お互いに助け合ってそれなりに幸福に暮らしていた人々のイメージです。現代のアメリカでは、裕福な人々が城壁で囲った町を造って、その中にたてこもるように暮らしているところもあるのだそうです。必要以上に大きな資産は、人の心にバリアを張り、孤立させる機能があるようです。せっかく文明が進歩して、多くの国民がゆとりを持って暮らせる時代がやって来たのに、なんてもったいないことだろうと思います。シルビオ・ゲゼルの自由経済思想は、この江戸っ子の文化とも相通じるような、人間性の本質に立ち還ったとても自然なものだと感じます。現代の洗練された経済学の観点からすれば、シルビオ・ゲゼルの唱えた自由経済の理想など、単なるユートピアンの夢だと一蹴されてしまうのでしょう。しかし、とんでもないことです。豊かさの中で窒息しかけている先進国にとっても、貧しさから抜け出そうともがいている途上国にとっても、いま一番参考にすべきは、この人の思想なのだと私は信じています。

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2007年12月16日 (日)

ボツになったアフォリズム集

  1. 戦争に関する理論や技術はすぐに古びてしまうが、平和に関する我々の観念は古びない。平和を築く技術は数千年来変化していない。
  2. 戦争責任の非対称性。加害国の第二世代に罪の意識は受け継がれないが、被害国の第二世代には被害の後遺症が受け継がれる。
  3. いくらあの戦争を正当化しようとしても無駄なことだ。この国は明らかに義の無い戦争を戦ったのである。戦勝国の占領軍がやって来たとき、多くの民衆が歓呼をもって迎えたという事実が、その何よりの証拠ではないか。この愚かな戦争の結果として、今日のこの国はあるのだ。
  4. 現代の左翼と右翼。自虐と自慰というらしい。我々はまだまだ前世紀に起こった戦争を、経験として消化出来ていないのである。
  5. もしもギネスブックに、最も短い時間で最も多くの人間を殺した記録という項目があったなら…。どんなにすさまじい地震あるいは津波のようなものであっても、わずか数秒間のあいだに数万人の生命を奪うなんて芸当は出来っこない。そのありえないことが広島と長崎では起こったのだ。
  6. 我々は犯罪者を前にして怒りを抑えられない、が、本当に我々が感じている感情は、怒りではなく戸惑いなのである。無差別殺人犯に対して我々が感じる怒りと、我が子を殺された親が感じる犯人に対する憎しみは、本質的に異なるものだ。そのことだけは忘れないようにしよう。
  7. 悪を憎む心は、単にそれが憎しみに留まるものであるならば、何ら道徳的なものではない。例えば神の名のもとに異教徒を抹殺しようとする戦士の心の中には、崇高とも言える敵対者への憎悪があるだろう。我々が犯罪者を憎む心理も、これとほとんど変わるところはない。
  8. 被害者の側の心構えを論じる人は少ない。しかし、犯罪の被害者になるということは、一種の試練であり、自分を試されていることであるというのは、人権を無視した不当な言い方だろうか?
  9. 我々が真に憎むべきは、権力を持った者の悪、国家的犯罪による巨悪に対してである。
  10. 国民の八割が死刑制度に賛成しているような国で、裁判員制度を導入することの危険性については、改めて指摘するまでもないだろう。
  11. もしもこの国の裁判官の多くに問題があり、市民の司法参加によってその是正が必要だと言うならば、当の裁判官自身が市民を面接して、裁判員としての採用・非採用を判定すること自体が理屈に合わない。
  12. もしも本当に死刑の犯罪抑止効果を言うなら、処刑方法にも差をつけるべきである。例えば、2人を殺した殺人犯には薬物による安楽死、3人なら絞首刑、4人なら銃殺、5人なら磔刑、6人なら火あぶり、7人ならば四つ裂きの刑・・・といったように。これなら殺人犯が犯行時に心に抱く、「2人殺すのも3人殺すのも同じ」というやけくそな衝動を抑える効果だってあるかも知れない。
  13. 人生の目標と同じように、社会の目標も少し手の届きにくい、高い位置に設定した方がいいというのが、私の持論である。その意味で、死刑廃止というのは、まさに手頃な目標のひとつだと思うのだ。
  14. いまある手持ち材料で、先進諸国の人たちの生活レベルを大きく落とすことなく、途上国の人たちの生活を底上げしながら、しかも環境悪化やエネルギー問題にも解決策を見出し、持続可能な世界を築くことは理論的に可能なのだろうか?
  15. そもそも生物として人間は、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しながら生きている訳で、CO2の排出規制というのは、いわば〈死の発想〉である。
  16. もしも宇宙のどこかに知的生命体の住む惑星があったとすれば、きっとその惑星でも文明は似たような発展の過程をたどっていることだろう。つまり、最初は生命進化の中で蓄えられた化石燃料を利用した、短期間での爆発的な技術進歩があり、やがてすぐに化石燃料の枯渇に直面する。そこで持続可能な代替エネルギーにシフト出来るかどうかが、その文明が存続出来るかどうかの分かれ目になるということだ。
  17. ベルクソンは、家族愛、民族愛、祖国愛といったものから、人類愛への道は質的な転換であり、それは閉じられた道徳から開かれた道徳への飛躍なのだと説いた。しかし、私はこれには疑問を感ずる。例えば、もし人類が他の惑星の知的生命体と遭遇したら、我々は人類愛を振りかざして新たな敵と戦わないだろうか?
  18. 人間が、自分たちが属する人類という共通の種を認識して、少なくともその中での博愛主義という思想を獲得したのが、地球という惑星を征服しつくし、既に辺境というものが無くなった時代においてであったことは皮肉なことだ。
  19. 空想的な理想主義者として、私の好きなイメージがある。いまこの瞬間にも、人類は連帯して悪徳や差別や貧困と闘っているというイメージだ。闘いなのだから、局地戦では負けることもあるだろう、兵站が断ち切られ後退を余儀なくされることもあるだろう、しかし、全体とすれば戦況は刻々と好転しつつあるというものだ。
  20. 時期尚早という言い方は止めにしようではないか。少なくとも道徳的問題については、時期尚早などということはありえないのだから。
  21. すべての人間は、やがて死ななければならないという点において決定的に平等である。
  22. 現代人の陽気さや無関心は、死んだら無になるということを暗黙の前提として受け容れているところから来る。
  23. 現代のような人間の心が浅薄になってしまった時代でも、病気による死を宣告された人の物語にだけは深い心の動きが残されているように感じる、それが不治の病が小説やドラマのテーマとして好まれる理由である。
  24. どのような新しい発見や理論によって人工知能が実現するかは分からないが、ひとつだけ言えることは、図面が先に完成して、その通りに作ったら人工知能が完成するという形ではなく、いろいろな試行錯誤を繰り返すうちに、それは偶然「出来ちゃった」という形で我々の前に現れるだろうということだ。
  25. スピリチュアリズム。自己の存在ということに対する根本的な畏敬の念が無いから、これを霊魂の問題だと勘違いしてしまうのだと思う。
  26. 国内の自殺者を減らす手っ取り早い方法として、自殺者には生命保険の保険金が下りないよう法律で規制したらどうだろう? 自殺者の遺族に保険金を出すということは、自殺者の遺族を連坐させて罰するのと同じくらい不道徳なことだ。
  27. 新しく生命保険に入ったんだってね。で、〈自殺特約〉は付けたの?
  28. 構造改革を標榜する今の政府は、国民に「改革の痛みに耐える」ことを強要し、実際に痛みを伴う政策を実行している。このところ年間三万人の自殺者がコンスタントに出ているところをみれば、改革は順調に進んでいるようだ。
  29. 安逸さに慣れてしまっている現代の私たちは、肉体的なものにせよ、精神的なものにせよ、人間がどれほど激しい苦痛に苛まれることが出来るか、そのことに対する想像力が乏しいように感じる。
  30. ニーチェは言った、人間は克服されなければならないあるものなのだ、と。自分ならむしろこう言うだろう、人間とは慰められなければならないあるものなのだ、と。

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2007年12月 9日 (日)

なるほど国が滅びるということは

 昨日のニュースから。厚生労働省の検討会が、生活保護費の引き下げを認める報告書をまとめたのだそうです。以前から生活保護費は国民年金の支給額と比較しても高過ぎる、不公平なので引き下げるべきだという議論があることは知っていました。前にも書いたことですが、これはまったく倒錯した議論だと思います。今回の報告書は、生活保護費の受給世帯の収入を、非受給世帯のなかの最低所得者層と比較して、月額でこれだけ高いということを示す内容なのだそうです。それが事実なら、結論はまったく逆でもありえる筈ですね、つまり貧しい世帯の中で生活保護を受給してしかるべき世帯の多くが、そのセーフティネットから漏れてしまっているということです。日本には生活保護世帯が約百万世帯ありますが、本来なら生活保護の対象となるべき世帯は四百万世帯にものぼるという話を聞いたことがあります。国が自ら社会福祉を切り捨てて作り出した貧困層と比較して、生活保護世帯は恵まれ過ぎている、基準を引き下げるべきだというのは、まともな学者や有識者の採用すべきロジックだとはとても思えません。政治に対する不信感がこれだけ高まっている時期に、こんな報告書を書いた勇気ある人たちの名前を、私は記憶しておきたいと思います。

 来年度予算では、社会保障費を2200億円圧縮することが決まっていて、その予算編成のつじつま合わせとして生活保護費の削減も計画されているのだそうです。何故政府は、国家予算の中には削っていい予算といけない予算があるということを認識しようとしないのでしょう? そんなものは防衛費を少し削るだけで済む話ではないか。腐敗した防衛官僚の実態が明らかになったいま、それに反対する国民もほとんどいない筈です。だいたい日本政府は巨額の赤字を抱えていて、予算財源にも困っているという宣伝が嘘八百です。確かに政府は八百兆円もの借金を抱えているかも知れませんが、一方で国有資産だって七百兆円もあるわけで、政府のバランスシートは決して他の先進諸国と比べて悪い状態にある訳ではない。破綻した夕張市とは財務内容がまるで違うのです。マスコミを使って国家の財政危機に対する不安を煽っているのも、増税を国民に受け入れさせるための伏線であることは、すでに多くの国民が見抜いているところです。

 もしも今年のキーワードをひとつ選ぶとしたら、「政治不信」という言葉以外にはありえないような気がします。いくら総理大臣の顔が替わろうと、国民にまっすぐ向き合う政治をしようとする政治家が現れないことが情けない。いつからこの国ではこれほどまでに人材が払底してしまったのだろう。なるほどひとつの国が滅んで行くということはこういうことなのだな、今年はそんなことを実感させるニュースばかりでした。子供の学力低下のニュースも耳に新しいところですが、尊敬出来る大人や誇れる母国を持たないいまの若い人たちに、試験で点を取る能力だけを身につけさせても虚しい話です。昨年末には教育基本法も変えられてしまったし、今年は平和憲法を改悪するための一歩も踏み出した。もしも半世紀後に、まだ日本人という国民が存在しているものなら、きっと2007年という年を亡国の分岐点となった年として思い出すに違いない、年の瀬を迎えてそんな憂鬱な考えばかりが心に浮かぶのです。

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2007年12月 2日 (日)

生態系の破壊を嘆くよりも

 私が小学生だった頃、お菓子の景品に応募して、ミドリガメをもらったことがありました。当時はまだ家の周りの池や沼で自生種のカメが採れた時代で、イシガメやクサガメといった種類のカメをつかまえて来ては、空き缶に入れて飼ったりしたものでした。そんな小学生にとっても、アマゾン原産という緑色のきれいなカメはとても目新しく、魅力的なものでした。もしも今なら動物愛護団体から抗議を受けそうな話ですが、景品のミドリガメは小さな箱に入れられて、普通郵便で送られて来たのです。これには子供心にも驚いたことを覚えています。(インターネット検索で調べてみたら、そもそもミドリガメはアマゾン原産ではないそうです。いまで言えば偽装表示ですね。) ところがしばらくしてそのミドリガメが、空き缶から逃げてしまうという事件が起きました。あちこち探したのですが結局見付かりませんでした。大人になってから、日本の多くの湖沼でミドリガメが繁殖して、そのために自生種のカメが絶滅の危機に陥っているというニュースを聞いた時、それは大変だと思うと同時に、一方でほっとしたような気分にもなったものです。ずっと昔に逃がしてしまったあのミドリガメが、その後環境に適応して無事生き抜いたことの便りを受け取ったような気がしたからです。

 琵琶湖でブルーギルという淡水魚が殖え過ぎて、従来からの魚の漁獲量が大幅に減っている、そのことにいま心を痛めていますという天皇陛下のお言葉がありました。ブルーギルという魚のことは知りませんでしたが、これは1960年にシカゴ市長から当時の皇太子に送られた四種類の魚のひとつだったのだそうです。スポーツ・フィッシングの愛好家が持ち込んで、今では日本の多くの湖に棲息するようになったブラックバスと同様、環境への適応力と繁殖力の強い魚で、これが従来の生態系を破壊しているのです。温暖な気候と豊かな自然に恵まれたこの国の生き物たちは、外国から来たこれら獰猛な肉食動物の前では、なす術もなく敗れ去ってしまうようです(人間だって同じかも知れません)。もしもブルーギルやブラックバスといった淡水魚が食用に適していて、しかも食べて非常に美味しい魚であったなら、日本の湖沼がこういった外来種で占領されてしまったとしても、それはそれでメリットがあったと思います(なにしろ日本は食料自給率が4割を割っている国なのですから)。ところが、だいたいにおいて生態系破壊の主犯である肉食動物は、人間が食べて美味しくないという点が問題をより深刻にしていますね。「憎まれっ子世にはばかる」のことわざ通りです。

 開発による自然破壊ということも含めて、人間によって引き起こされた生態系の狂いは、元に戻すことはもちろん、その進行を食い止めることさえ不可能だと感じます。一説によれば、二十世紀の後半から今日まで、地球上から姿を消してしまった生物種は百万種を超しているのだそうです。こういう問題を考える時、単純な環境保護の観点からでは、とても根本的な解決策は生まれて来ないような気がします。ひとつの考え方としては、人間もこの地球上の食物連鎖の一員なのですから、まずは人間にとって豊かな食料環境を作るという点から自然を捉え直してみたらどうだろう、そんなことを考えます。絶滅が危惧される稀少生物をリストアップしたレッドブックというものがありますが、そこに取り上げられている動植物のすべてを保護するのではなく、ご退場いただく生物種は勝手ながらこちらで決めさせていただく、その基準は人間にとって有用かどうかで判断するということです。もちろん食用に適しているかだけで有用かどうかを判断出来る訳ではありませんし、生物の多様性はそれ自体で価値があるものだと思います。しかし、人間にとって有用な生物の天敵であり、しかもそれ自体が食用にもならないような生物は、地球上からいなくなっても惜しまないと決意してみたらどうでしょう。例えば、ブルーギルやカラスがこの世界から完全に絶滅してしまっても、それが計画的な駆除であるなら仕方が無いという考え方です。

 そんな考えは人間の驕りだと反撥を感じる人も多いと思います(正直に言って、私もそう感じます)。ただ、環境保護やエコロジーといった思想を突き詰めて考えると、最後は人間そのものの存在を否定するところまで行ってしまう、またそこまで突き詰めなければ、環境保護と言ったって所詮は人間の自己満足に過ぎないだろう、そう思い込んでいる自分も一方にいるのです。環境保護団体の主張に時として矛盾を感じるのは、野生生物を捕獲することには反対する一方で、家畜として飼われている動物を食らうことには矛盾を感じていない感性の欺瞞性にあると思います。だったら答えは簡単なことです。我々は自らも食物連鎖に連なる肉食動物の一員として、他の動物と同様、利己的にふるまえばいいのだ。但し、人間はこれまで地球上に存在したどんな動物よりも強力な支配者として君臨しているのですから、地球環境や他の生物に対して負っている責任も重いと見なければなりません。そのように発想を転換すれば、失われて行く自然や変化してしまった生物環境ということをいたずらに嘆くばかりでなく、むしろそこに能動的に働きかけるという選択肢も生まれて来るのではないかと思うのです。すなわち〈環境保護〉ではなく、〈環境制御〉という考え方です。

 話を琵琶湖の問題に戻せば、ブルーギルのような外来魚だけを駆除することは現在の技術では難しいと思います。が、それはブルーギルだけを駆除しようとするから難しいので、琵琶湖に棲む魚類をいっぺんに駆除するような技術は考えられないものだろうか? ここからはまた無責任な素人の発想ですが、例えば魚が嫌う音波などで人工的な回遊ルートを作り定置網で一網打尽にする、毒性が時間の経過とともに消えるようなタイプの毒薬を湖全体に撒く、何らかの方法で湖水を一時的な酸欠状態にする、といったやり方は考えられないでしょうか?(物騒なことを言っていますね) 重要なのは、環境に永続的な悪影響を与えない方法を選ぶという点です。こうして琵琶湖は、決して死の湖ではないけれども、魚やその他の水生生物の棲まない湖になる。言ってみれば、新しい水槽に水を張ったような状態になるのです。そこに人間がデザインした最適な生物種を、最適な比率で放流すれば、あとは自然の持つ復元力で豊かな生き物の世界が再生すると期待出来る。いや、この発想が非現実的であることは認めますが、決して非道徳的なことではないだろうというのが、今回の私の主張なのです。もしも日本がこのくらいダイナミックな環境技術を開発出来れば、それは二十一世紀の人類にとって非常に大きな貢献になるのではないかと考えるのです。

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