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2007年11月25日 (日)

内部告発時代の新ビジネス

 高級料亭として有名な「船場吉兆」の料理を、私は見たことも食べたこともありませんが、「赤福餅」は家人が好きなこともあって、昔よく名古屋に出張に行った帰りにお土産として買っていました。個人的にはどちらかと言うと、餡の甘味を抑えた「御福餅」の方が好きだったのですが、残念なことにどちらも食べられなくなってしまいましたね。食品偽装の事件がこう立て続けに起こると、ふだん口にしている食べ物は大丈夫だろうかと不安になって来ます。インターネットのブログや掲示板を見ると、多くの食品スーパーなどでも悪質な偽装表示が日常的に行なわれているという証言があちこちで見付かります。

 食品業界に限らず、いろいろな業種で企業の不祥事が明るみに出て、それが企業の存続をさえ危うくするという事件が続発しています。この問題については、ふたつの異なる解釈が出来るのではないかと考えています。すなわち、①最近は社会の倫理的な規範が失われつつあり、以前はありえなかったような不祥事が現実に起こるようになった、②不祥事自体は昔からあったのだが、世間一般の倫理的な意識が高まったために、これを許さないとする空気が企業のなかにも浸透して来た。どちらもありそうな仮説ですが、このふたつはまったく正反対の前提に立っていることになりますね。もしも前者なら、今の時代は道徳的に衰退しつつある時代だということになるし、後者なら逆に、現代は道徳的に進化しつつある時代で、ただ前の時代から残っている〈膿〉を出しつつあるだけなのだということになる。あなたはどちらが正しい解釈だと思いますか? 事実としてどうかは分かりませんが、私は自分の信念として後者の考え方を採ります。

 明るみに出される不祥事は、ほとんどすべて従業員からの内部告発によるもののようです。私も企業人のひとりとして、なんだか複雑な気持ちにさせられます。さいわい今のところ、自分の周りで内部告発をしたくなるような不正を目の当たりにすることはありませんが、もしそういう立場にいたら自分ならどうするだろうか? 自分が告発者だと知れたら、もうこの会社にはいられなくなるに違いない、たとえそれが知られなかったとしても、会社は大きなダメージを受けて倒産するかも知れない、そうなればいずれにしても職を失うことになる。だからと言って、それを怖れて不正を見て見ぬふりをするのは、さらにはその片棒を担がされさえするのは、針のムシロに座らされているようなものだ。もしもこれが、リストラにでも遭って退職したあとなら、何の気兼ねもなく告発者になれるのかも知れません。が、その会社に長くいて、その仕事に誇りを持っていればいるほど、心の葛藤は深くなるに違いない。告発する先は、担当の行政機関よりもマスコミを選ぶ方が当世風であるようです。なにしろマスコミはそうしたスキャンダルを渇望しているし、世間が騒ぎ出せば当局も重い腰を上げざるを得なくなるからです。

 そのような悩める善良な従業員にとって、不正を黙って見過ごすか、あるいは世間に向かって告発するか、そのふたつしか選択肢が無いという点にジレンマがありますね。もしも理想を言うならば、不正の告発はいきなりマスコミに対して行なわれるのではなく、まずは社内でそうした不正を糾すための活動を起こして、内部の体制を建て直してから、当局に届け出るのが(従業員としては)ベストだと思います。「不正はあったが、それは過去のことだった」という既成事実にしてしまえば、いきなり営業停止ということにもならないでしょうし、さして面白いニュースでもないのでマスコミも騒ぐことはないでしょう。でも、船場吉兆や赤福もそうだったように、不正を起こす企業の多くはワンマン社長の独裁体制が敷かれていて、不正の横行も経営者ぐるみ、クーデターでも起こさない限り内部改革は難しいというのが実情なのだろうと思います。だから自浄作用も働かずに、不正は行き着くところまで行ってしまうことになる。ひとりの従業員としては、一体どうすればよいのでしょう?

 例えば企業の内部告発を受けて、それを内々に調査した上で、外部から経営改革を手伝うといった新しいビジネスが成り立たないものか、考えてみましょう。もしもそういうサービスを提供する会社なり機関なりがあれば、内部告発をしたいと考えている従業員にとっては強い味方が現れたように感じられることでしょう。専門の覆面調査員が乗り込んで、法に触れる不正が行なわれているという動かぬ証拠をつかんだところで、経営者に報告書を突き付け、改革を迫る。むろん不正の内容や程度によっては、経営者と関与した責任者の更迭も含みます。経営者から見れば、企業の弱みにつけこんで〈ユスリ〉や〈タカリ〉を迫って来る暴力団と選ぶところはないかも知れない。いや、暴力団よりもさらにタチが悪いのは、こちらの場合、カネで片をつけるという落としどころが最初から無いことです。改革を請け負うこの会社は、人事を刷新し、再度不正が起こらないように業務改善を行なった後、一連の事実を新聞広告などで世間に告知します。行なわれていた不正が悪質であれば、過去に遡って関係者の逮捕というところまで行くかも知れませんが、この時には問題を起こした人たちは組織外に追放されていますから、企業として受けるダメージは最小限で済むことになります。

 何故こんなことを私が考えたかと言うと、おそらくこの先、内部告発はますます盛んに行なわれるようになるだろうし、それにともなってたくさんの企業が市場からの撤退を余儀なくされるだろう、それは日本経済にとって大きなマイナスだと思うからです。もちろん不正を行なっている企業を大目に見ようというのではありません。しかし、市場が歓迎する価値ある製品やサービスを提供して来た会社には、もう一度やり直すチャンスを与えてもいいではないですか。倫理的に進化した時代の消費者なら、そのくらいの度量を持ってもいい筈です。創業三百年の名門企業が、一夜にしてブランド価値を喪失する、それはその企業の従業員にとって痛恨であるばかりでなく、一般消費者にとっても大きな損失だと思います。優れた製品やサービスを持っているのに、自力で内部浄化出来ない古い体質の企業、そうした企業を情け容赦のないマスコミの攻撃から守り、その再生のお手伝いをするビジネス。どこかの監査法人か経営コンサルティング会社が、そういうサービスをメニューのなかに取り入れてはどうでしょう。それはもはや時代の要請だと言っても過言ではないと思うのですが。

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コメント

関東三大不動の一つの高幡不動
内部で 結城とゆう課長いるのですが
これが女癖が悪くある寺の娘で元事務員に手を出しそのご両親が結城課長と高幡を訴えんばかり勢いでしたが高幡の貫主がうまくもみ消した
その次は パートに手をだし又ももみ消しパート即刻首
長年つれっそて居た奥様は籍にも入れていなく 今度は出入り業者奥さんと関係を持ち子供まで出来 離婚に追いやった
そして入籍 こんな奴が初婚 許せません 呆れます
そんな結城が 毎日沢山の信者さんお願い事叶える護摩修行してるのは あまりにもおかしいでわないでしょうか?
人前に出ること事態おかしい 恥曝し 貫主はなぜか 守っています結城を  結城をこれからも護摩に出すのは 仏への 裏切り行為です。 

投稿: | 2008年12月 8日 (月) 15時21分

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