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2007年6月10日 (日)

『千言萬語』

 去る6月4日は、天安門事件が起きてから18年目の記念日だったそうです。まだ18年というのが意外な気がします。私にはもっとはるか遠い過去の出来事だったような印象があるからです。この間に中国はずいぶん大きく変わったのですね。市場経済が急速に発展して、日本をも凌ぐような経済大国に成長した。もはや共産主義の国とは言えないような変化です。しかし、いくら中国経済が驚くような成長を遂げても、政治的に見ればまだこの国が共産党の独裁国家であることに変わりありません。四千年の歴史を誇りながら、いまだ一度たりとも国民による選挙を経験していない国。半世紀以上も昔に起こった民族の対立をいまだに引きずったまま、台湾海峡にミサイルを向けている国。結局、天安門事件の頃と本質的には何も変わっていないのだと思います。

 先週の土曜日に放映されたテレビドラマ、『私の家は山の向こう』は、歌手のテレサ・テンさんの物語でした。彼女が亡くなってからでも、すでに13年が経つのですね。実を言うと、この数年来、テレサ・テンは私の最もお気に入りの歌手でした。CDも30枚くらいは持っていると思います。もうだいぶ昔のことになりますが、友人が1枚のCDを薦めてくれました。テレサ・テンの最高傑作と言われる『淡淡幽情』というアルバムです。中国宋代の古い詞に、現代の台湾や香港の作曲家が曲をつけた企画アルバムなのですが、これを聴いていっぺんでファンになってしまったのです。それから日本ではあまり知られていない彼女の中国語で歌ったアルバムを集め始めました。こんなに好きになるんだったら、彼女が生きているあいだに好きになっておけば良かった。コンサートにも行けば良かった。今でも私がiPodに入れて毎日聴いているのは、自分で作った彼女のベスト・アルバムです。タイトルにした『千言萬語』というのは、その1曲目に置いた曲で、自分の中ではテレサ・テンのテーマソングのように思っている名曲です。千言、万語を尽くしても語り切れない、切ない女性の気持ちを歌った恋の歌です。

 テレサ・テン(私にとっては中国名の鄧麗君(テンリーチュン)の方が親しみが湧くのですが)は、1953年1月29日、台湾西部の雲林県で生まれました。両親は大陸から渡って来た中国人でした。長く続いた日中戦争が、日本の敗戦でようやく幕を引いたあと、中国国内は毛沢東率いる共産党軍と蒋介石率いる国民党軍の内戦状態に陥ります。鄧麗君の父親、鄧枢為はこの国民党軍の軍人だったのです。1949年、毛沢東に敗れた蒋介石は、自らの軍とその家族、合わせて二百万人もの人々を率いて台湾に渡り、そこで中華民国政府を樹立します。この時に台湾に渡った家族の中に、鄧一家もいました。テレサ・テンのこの生い立ちは、彼女の生涯を振り返る時にとても重要な意味を持つと思います。生まれた時から彼女は、政治によって分断された民族の宿命を背負っていたのです。

 テレビドラマの原作になった有田芳生さんの本を読むと、まさにテレサ・テンが〈歌の神様〉の祝福を受けたような早熟の天才だったことがよく分かります。十歳の時に初めて歌のコンテストで優勝し、十三歳で台湾のテレビ局の専属歌手になり、十七歳で香港のステージにデビューし、その後もマネージャー役だった母親と一緒にベトナム、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイなどをツアーで回るようになります。二十歳の時、香港のライブハウスで歌っていたところを日本人プロデューサーに見出され、日本でデビューしてから後の活躍については私たちもよく知っているところです。ただ、日本では作られた演歌歌手といった役どころを演じていた彼女が、中国語圏ではまさに国境を超えた民族歌手とでも呼ぶべき存在であったことについては、私たちはあまり知らなかったと思います。1976年に毛沢東が死に、鄧小平のもとで開放政策に転換した中国では、海外の文化の受け入れにも寛容になって行きます。そんな中でテレサの歌は、まさに燎原の火のように民衆の中に広がって行ったのです。当時の中国では、「この国は昼は大鄧(鄧小平)が支配し、夜は小鄧(鄧麗君)が支配する」なんてジョークも語られていたそうです。

 不幸だったのは、テレサ・テンの歌は、その人気の高さゆえに常に政治の道具として使われて来たことです。台湾政府は、中国本土の民衆への思想的プロパガンダのために、テレサ・テンの写真や音楽テープを風船にくくりつけ、大陸に向けて飛ばしてみたり、中国向けのラジオ放送でしきりに彼女の歌を流したりしています。これに対して中国政府は、行き過ぎた西側文化の流入を牽制するために、「精神汚染」防止キャンペーンを張り、テレサのカセットテープを集めてブルドーザーで踏みつぶすといったデモンストレーションを行なったりしている。今日の目から見れば、まったく馬鹿々々しいような話ですが、こういった現実がひとりの歌い手の内面に与えた影響を考えると、とても笑い話で済まされるようなことではないと感じます。彼女自身は、生まれ故郷の台湾を心から愛していたし、両親の故郷である中国に対する思い入れも強かった。叶うならば、自分の歌が両国の和解のための架け橋になることを願っていました。1980年代に入り、国際的な歌手に成長したテレサ・テンを、中国に呼ぼうという動きが中国国内で起こります。彼女自身も、首都北京で一番多く人を収容出来る天安門広場で、百万人を集めて無料のコンサートを開こう、そんな夢を胸に抱くようになりました。ところが、その天安門広場を舞台に次に起こったのは、民族統一のきっかけになる筈だった平和コンサートとは全く別の、あの歴史的事件だったのです。

 民主化運動を進める中国の学生デモを支援するコンサートが、香港島のハッピーバレー競馬場で開かれたのは、1989年5月の末、天安門事件の1週間前のことでした。テレビドラマを見た方は、テレサ・テンが飛び入りでこのコンサートの舞台に上がり、彼女が子供の頃にお父さんから教わった『我的家在山的那一辺(私の家は山の向こう)』を歌うのを、この時のライブ録音で聴いた筈です。中国共産党を暗に批判する内容の歌詞を持つこの歌の、最後のクライマックスに向けた彼女の歌唱には、鬼気迫るものを感じない訳にはいきません。それは間近に迫った悲劇を予感しているかのようでさえあります。実際、天安門事件では軍の発砲を受け、数百人(あるいはそれ以上という説もあります)の学生が殺されるのですが、その学生たちを死に追いやったことには、遠い安全な場所から支援のメッセージを送った自分にも責任があると、後々まで彼女は気に病むことになるのです。日本で有名な彼女のヒット曲しか知らなかった自分は、同時代を生きた人間であるのに、そんなドラマがあったことさえも知らなかった、いまはそのことを深く悔いています。

 有田芳生さんの『私の家は山の向こう』は、出版された直後に買って読み、とても感銘を受けたのですが、今回テレビドラマを見たのをきっかけに、もう一度読み直して感動を新たにしました。丁寧に書かれた、とてもいい伝記だと思います。今回のテレビ放映を機会に、この本が多くの人に読まれ、これまであまり紹介されていなかったテレサ・テンさんの素顔が、日本の音楽ファンの人たちにも広く知られるようになることを期待したい気がします。合わせて、これまで日本ではあまり聴く機会の無かった彼女の(中国語の)歌が、多くの人に聴かれるようになることを、ファンのひとりとして願ってやみません(だってほんとうに魅力的な曲がたくさんあるんですもの)。そしてこれはまったくの蛇足ですが、今回この記事を書くに当たって、数年来彼女の歌を聴き続けて来た自分が選んだ「精選曲集」のリストを作りましたので、掲載しておこうと思います。個人的趣味と言われればそれまでですが、これから鄧麗君の歌を聴いてみようという方の参考になればとても嬉しいです。

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コメント

という訳で、私のiPodに入っている100曲あまりの鄧麗君の歌から、さらに厳選した20曲をリストアップしました。一応、曲の順番にも配慮してあります。この週末、プレイリストを作る作業がとても楽しかったです。もっともっと採用したい曲はたくさんあるのですが、迷いに迷って選び抜いた渾身の20曲です。もしもテレサファンの方がいらっしゃいましたら、ぜひご感想を伺わせてください。

『鄧麗君 精選曲集』by Like_an_Arrow

1.千言萬語
2.何日君再來
3.東山飄雨西山晴
4.忘記他
5.南海姑娘
6.愛的箴言
7.恰似你的温柔
8.情迷
9.萬葉千聲
10.在水一方
11.獨上西樓
12.但願人長久
13.原郷人
14.惜別
15.人面桃花
16.翠湖寒
17.水上人
18.難忘的一天
19.初次嘗到寂寞
20.不了情

投稿: Like_an_Arrow | 2007年6月10日 (日) 19時17分

先日、中国の最近の映画、孔子をYou Tubeで見ていましたところ
その主題歌を王菲さんという歌手が千言萬語を歌っていてとても
気に入り、さらに鄧麗君さんの歌にであいました。

歌詞の意味があったのですが中国の方の訳で未だ意味不明です。

この曲を幾度となく聞き調べているうちにこちらのホームページに
行き当たり同じ思いの方がいることを知って感激し記述いたしました。

投稿: 高柳晴康 | 2010年2月12日 (金) 22時57分

高柳晴康さん、コメントありがとうございます。

王菲(フェイ・ウォン)さんの「千言萬語」もとてもいいですね。彼女は今の中国を代表する女性シンガーと言ってもいいと思いますが、もともとは鄧麗君に憧れて歌手になった人だったのですね。

彼女も私の大好きな歌手で、過去の記事で取り上げたことがあります。もしよろしければお読みください。

http://philosopher.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-755f.html

投稿: Like_an_Arrow | 2010年2月13日 (土) 01時41分

始めまして、私は東京に住んでおります67歳の松井と申します。

素晴らしいHPを拝見させて戴きました。

私も貴方と同じ道を辿りました、生前鄧麗君の日本の曲は一切興味が無く、死後彼女の中国語の曲(特に『淡淡幽情』)を聴き、以後大ファンに成り中国語の曲ばかり聞いております。

「千言萬語」は私も好きで良くカラオケで歌います、この曲の作曲家は「古月」で元軍人です、鄧麗君は「古月」の他の曲は「海韻」「水涟漪」「寄語多情人」等を歌っておりますが、私は「寄語多情人」が好きです。

『鄧麗君 精選曲集』も拝見させて戴きました、半分ほど歌えます、「東山飄雨西山晴」は原曲の「蘇州河邊」で覚えました、「恰似你的温柔」は蔡琴も良いですが、私は鄧麗君の方が好きです、この曲の作曲家「梁弘志」はこの曲を16歳で作曲致しましたが、残念な事に42歳の若さで亡くなりました、この曲は大陸でも大ヒット致しました、原郷人はかなり難しいです、18.難忘的一天と19.初次嘗到寂寞は彼女の曲の中で最も綺麗な曲の一つと想います。

因みに私が選びました20曲を下記に提示致します(取り合えず全曲歌えます)。
①詩意
②海韻
③云河
④揮別
⑤奈何
⑥水漣漪
⑦原乡人
⑧翠湖寒
⑨幾多愁
⑩千言萬語
⑪庭院深深
⑫我心深處
⑬在水一方
⑭獨上西樓
⑮小城故事
⑯你在我心裡
⑰寄語多情人
⑱雲深情也深
⑲難忘的一天
⑳假如我是真的

最後に楽譜(108曲)も興味が有りまして持っております。

お住まいが近い様でしたらお会いしたいですね。

松井

投稿: 松井 | 2013年3月 4日 (月) 01時28分

松井様、コメントをありがとうございます。

鄧麗君の中国語曲はほんとうに素晴らしいと思います。日本で有名な『つぐない』や『時の流れに身をまかせ』なども、佳曲だとは思いますが、彼女の歌の真の魅力を伝えるものではないと思います。

たくさんの中国語曲をレパートリーにされているのですね。私もカラオケで『千言萬語』や『月亮代表我的心』なんかを(カタカナの歌詞を見ながら)歌ったことがあります。中国語の曲は、たとえスリーコーラスあっても、1番から3番まで毎回同じ歌詞なので覚えやすいです。(笑)

『恰似你的温柔』や『但願人長久』を作曲した梁弘志さんが、重い病にかかっていることは以前どこかで聞きましたが、そうですか、もう亡くなられたのですね。テレサ自身は曲を書く人ではありませんでしたが、ほんとうに彼女のところには素晴らしい曲がたくさん集まったものだと思います。もう少し長生きをして、『淡淡幽情』の続編をぜひ聴かせてもらいたかったと切に思います。

投稿: Like_an_Arrow | 2013年3月 4日 (月) 23時42分

先日感想をお送り致しました東京の松井です。

コメントを有り難う御座いました。

『千言萬語』『月亮代表我的心』等をカラオケでお謡いの様で、素晴らしいですね!「月亮代表我的心」は皆さん歌われる様ですが「千言萬語」は少ないと想います、日本人は北京語の発音が難しいので覚えるのが大変ですね、私も知り合いの北京語を話せる者から「発音が悪い’」と良く指摘されます。

『淡淡幽情』の続編ですが、後編を作る際に詩の一部も彼女自身が作る予定だった様です、聞きたかったですね、残念・

鄧麗君は生前「鳳飛飛」と仲が良かった様ですが、残念ながら2人共亡くなってしまいました、天国でデュエットで「揮別:生前デュエットで吹き込み」を歌っていると想います。

ご存知の様に鄧麗君は日本の曲を「国語:北京語」で沢山歌っていますが、若い頃に歌っていました服部良一さんの「迷你迷你」は余り知られていません、綺麗な曲では谷村新司さんの「晨光下的恋情」が有ります。

台湾を代表する歌手「鄧麗君」が日本の曲を日本語で一生懸命歌っていますので、日本人も台湾を代表する作曲家(譚健常 刘家昌 古月 湯尼)等の綺麗な曲を「国語:北京語」で歌って下さい。

投稿: 松井 | 2013年3月19日 (火) 20時46分

テレサ・テンの歌詞を探していて偶然このサイトを見つけました。還暦が近い男性です。テレサさんのとても深い魅力にとりつかれてサキソフォンに合った曲を集め練習してます。もちろん私もテレサの中国語の歌が大好きです。それは日本語よりテレサが生まれ育った国の言葉で歌う方がずっと情感があふれていると思うからです。私は有田芳生さんの本やドラマが放映されていたことなど全く知らず、このブログの内容はまさに「目からウロコ」でした。この年になって毎日youチューブでテレサの歌を聴いて癒されていますがやはり中国語で歌うテレサが一番生き生きとしていると思います。42歳の若さで逝ってしまったことは神様のいたずらとしか思えませんが彼女が残した歌は永遠に残るものと確信しています。貴重なブログありがとうございました。        永遠の歌姫のファンより

投稿: minomushirou | 2013年11月 2日 (土) 14時57分

minomushirouさん、コメントをありがとうございます。

サキソフォンということは、当然『千言萬語』もレパートリーに入っているのだと思います。この曲がサックスで吹けたら、とても気持ち良さそうですね。

私も一時期ほどではないですが、心が癒されたいと思う時、鄧麗君の曲をよく聴きます。そしてほんとうに心が癒されます。最近は、日中韓の関係がまたギスギスしているようですが、そんな時はアジアの架け橋となることを夢見た彼女の歌に耳を澄まして、心を落ち着けたいものです。

投稿: Like_an_Arrow | 2013年11月 4日 (月) 13時53分

回答ありがとうございます。いま練習中の中国曲は「千言萬語」定番の「月亮代表我的心」「雪中情」といったところでしょうか(日本の曲はたくさんあるんですが・・)。テレサの歌う中国曲には恋の歌もたくさんありますが、多くの曲がゆったりとしていて懐が深いですね。こんな大陸的なところに人の心を癒す力があるんだと思います。彼女の短い生涯は、心情からいえば激動の生涯だったと思います。その思いが歌の中に込めらているのではないでしょうか。実は、テレサの歌は二年ぐらい前から聴いていましたが、彼女がなくなった日や本名の読み方は今年になって初めて分かりました。いろんなことが分かってくると「テレサ・テン」というのは周りの人が付けた名前だと思うようになり、彼女に敬意を払うために楽譜には本名を入れています。というわけで、これからももっとファンが増えることを願っています。

投稿: minomushirou | 2013年11月 5日 (火) 20時55分

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