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2007年4月15日 (日)

改憲こそが売国行為と言えまいか?

 というわけで、具体的な憲法改正への反対論に移るのですが、どうしても私に分からないのは、最近のナショナリズムの盛り上がりが、何故憲法改正という一点に短絡的に結び付いてしまうのかという点です。現在の日本国憲法は、敗戦後の占領時代にアメリカによって押し付けられたものであり、日本国民が自主的に制定したものではない、これは事実だと思います。戦後六十年以上が経過した今でも、日本が事実上アメリカの属国であるという認識は、特に愛国派の人たちにとっては耐えられないものでしょう(私だって耐えられません)。しかし、日本を事実上アメリカの属国にしているのは、決して現憲法の存在ではないという点は強調したい気がします。その成り立ちはともかく、憲法はこの国を主権在民の独立国家として規定している訳だし、特定の国家や政治思想との結び付きを含意しているものでもありません。これは当たり前に考えれば誰でも分かることですが、現在の日本が一人前の独立国家と呼び難い理由は、憲法よりも日米安全保障条約という軍事上の不平等条約のためであり、もっと具体的に言えば、日本国内の八十数箇所に米軍基地が置かれているからです。もしも日本という国のことを聞いたこともない外国人が、来日して国内に点在する外国軍基地を見たら、この国は他国の占領下にあるのだと判断する筈です。私は安倍さんを代表とする愛国派の人たちが、何故この点に関してだけは見ざる聞かざるを決め込むのかが分からないのです。

 むろんそんなことは百も承知だ、我々の最終的な目標は日米軍事同盟の見直しであり、日本の自主防衛体制の確立なのだ、そんなふうに言う愛国派の人たちもいるのかも知れません。でもそれならば、ものの順序が逆だという気がします。安保条約を対等なかたちで結び直して(つまり日本国内の米軍にはすべて撤退してもらって)、その後で憲法を改正して、日本も核武装なり何なりを行なう、それなら筋書きとしては通ります。が、その逆では駄目なのです。軍事的にアメリカに首根っこを押さえられた今の状況で、憲法だけを改正するというのは、言葉を替えて言えば、自衛隊をアメリカの極東部隊として差し出すということに他なりません。最近アメリカは中東問題で多忙ですから、北朝鮮には宥和策を採っておいて、極東の地からは軍事力を減らそうとしている。こういう状況のなかで、日本が憲法を改正して、軍事的なパートナーになってくれることは、アメリカとしては大歓迎なのです。私たちはいまの日本国憲法が、六十年前にGHQに押し付けられたものだと考えていますが、最近はそのアメリカが日本に対して憲法の改正を(暗に)勧告して来ています。(今年に入ってからも、元国務副長官のアーミテージ氏が第二回目の勧告文書を提出しました。) 不平等な軍事同盟を結んだままで、現在の憲法を手放すことは、日本のアメリカに対する最後の外交カードを失うことにも等しいのです。安倍首相は〈美しい国〉だとか何だとか、おためごかしのようなことを言ってますが、実のところは裏でブッシュ政権と結託していて、この国を売ろうとしているのではないだろうか? 憲法改正を訴えることが愛国心の発露だとナイーブに信じているプチ・ナショナリズムの人たちは、たまにはそんなふうに逆転の発想をしてみるべきだと思います。

 私は現在の日本国憲法を、何か非常に崇高なもの、奇跡のように美しいものだと感じているのですが、この一種近寄り難いような気高さがどこから来たものだろうかと考えることがあります。私の仮説はこういうことです、それはこの憲法が、あの戦争で命を落とした数百万、数千万の人々の祈りによって生み出されたものであるからに違いない。何故なら、戦争で死んで行った人たちが、国籍や人種を超え、また軍人であったか民間人であったかということも超えて、最期に心に念じたであろう共通の思いは、「もう戦争というものはこれで最後にしなければならない」というものだったに違いないからです。戦後日本の歴史は、彼らが残したこの強い思念の上に築かれたと言っていい。であるならば、何故いまの日本国憲法が、二千万人の戦没者が遺してくれた貴重な遺産だと思ってはいけないのでしょう? 私は思うのです、もしも現代日本人の思い上がりでこの憲法が変えられてしまったら、あの戦争自体が無意味だったことになってしまうと。この国に誇りと愛情を持っている人間にとって(私のことです)、太平洋戦争は大きな躓きの石であり、拭い去れない歴史の汚点として映ります。安倍首相は必死にそれを糊塗し、過小評価しようとしていますが、それはむしろ過去の汚点を戦後の日本が直視して来られなかったという事実を、世界中に向けてあらためて証明しているに過ぎません。私たちはこの呪縛から解き放たれなくてはならない。日本国憲法はそのための浄化装置なのだと考えたい。それは決してアメリカに押し付けられたものではないのです、戦争で命を絶たれたすべての人の魂魄が乗り移ってかたちを成したものなのだ。だからこそ、それは戦後六十年にも亘って、日本に奇跡のような平和と繁栄をもたらしてくれたのだと私は考えます。

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