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2007年3月25日 (日)

終身刑導入論のフォローアップ

 前回の記事を書いたあと、日本の無期懲役刑の問題に関する面白い文章を見付けました。その名も『無期懲役刑に関する誤解の蔓延を防止するブログ』というタイトルのページです。一読してなるほどと思い、自分の不勉強を恥じました。終身刑を支持する原稿を書くなら、せめて終身刑というものの正式な定義くらい把握しておくべきでしたね。日本では特に死刑廃止の立場から、代替刑としての終身刑を論じるのが一般的ですが、日本の無期懲役刑は、その言葉の正しい定義において、まさに終身刑(Life Sentence)と呼べるものだというのです。もう少し詳しく言うと、終身刑には「絶対的終身刑」と呼ばれる仮釈放を一切認めない厳格な意味での終身刑と、「相対的終身刑」と呼ばれる仮釈放のある終身刑があって、今日世界で一般的に終身刑と呼ばれているのは、後者の相対的終身刑のことなのだそうです。絶対的終身刑を採用する国は、世界でもまれであって、大抵の国では終身刑にも仮釈放の制度があります。言い換えれば、日本には既に立派な終身刑制度があるということです。

 このブログの筆者の方が主張されているのは、日本では何故か無期懲役刑が軽い刑罰だと考えられている風潮がある、それはマスコミの誤った報道の仕方に責任があるというものです。確かに日本では、無期懲役を申し渡された受刑者が、服役中の態度や悔悟の状況によって、意外に早く出所して来る場合が多い、そういった〈一般常識〉があるように思います。私自身、そうした通念にとらわれて、この問題を論じていた訳です。ところが事実を調べてみれば、ここ3年のあいだに刑期二十年以下で仮出所を許された無期刑囚はひとりもいませんし、そもそも仮出所を認められる件数自体も減っている。実際に刑務所で一生を終えてしまう、結果的に終身刑を全うしたことになる受刑者だって多い訳です。(仮出所の条件が厳しくなっている背景には、2005年に有期刑の最高年数が20年から30年に引き延ばされたことも影響しているようです。) 無期懲役刑を実際よりも軽い刑だと見なす誤った認識の蔓延は、犯罪抑止効果の観点からも好ましくないとブログは指摘します。私もそのとおりだと思います。「死刑にさえならなければ」という観念が、犯罪を増長している可能性もおおいにあるからです。(ふたり殺すのはヤバイが、ひとり殺っても吊るされることはないからな、といったように。) それにしても、何故日本のマスコミは、明らかな情報操作までして無期刑の実態を隠そうとするのでしょう、そちらの事実の方に私は興味をそそられます。

 現在の日本人の意識が、死刑制度賛成に傾いている背景には、マスコミよる世論誘導があるのではないかと私は見ています。世間に憎まれる凶悪な犯罪者に対して極刑を望む論調は、明らかに〈視聴者受け〉するからです。テレビ局にしろ新聞社にしろ、世論を敵に回してまで正論を主張するような危険は犯さないでしょう。それは視聴率や発行部数に影響することだからです。この構図によって、世論は凶悪犯罪に対する憎悪をとめどなくエスカレートさせて行くことになります(なにせ犯罪者を攻撃して困る人はいませんので)。これと同じ構図が、無期懲役刑に対するマスコミの態度にもあるような気がします。厳罰を求めることが世論の欲望を満たし、視聴率を稼ぐことにつながるのと同様、世間が憎んでいる凶悪事件の犯人が、予想外に軽い刑を言い渡されることもまた、視聴者にとっては〈おいしいニュース〉だからです。何故なら、そこで我々が感じる大いなる義憤もまた、一種のカタルシスであるには違いないから。極刑でなければ実質上の短期刑、視聴者や読者を喜ばせるためには、その中間はありえない訳です。これがマスコミが無期懲役刑を、事実を曲げてまで矮小化しようとする本当の理由だと言えば、勘繰り過ぎでしょうか。

 いや、自分の勉強不足による間違いを訂正するのに、マスコミ批判に話題をすり替えてはいけませんね。ここでの問題は、死刑廃止を主張する自分が、死刑制度の代りに〈絶対的終身刑〉の導入まで主張するのかどうかという点です。正直に言って、この点ではまだ考えに迷いがあります、というより、前回の主張を撤回したい気持ちなのです。私は書きました、『無期懲役刑と死刑のあいだには、それこそ天国と地獄ほどの開きがあって、制度的にその間を埋めるものが何も無い』と。懲役刑を天国に喩えるなんて、それこそ日本の刑務所制度の実態を矮小化した表現ですよね。百年以上も昔に制定された〈監獄法〉という法律によって運営されて来た日本の刑務所が、人道的に見ても大きな問題を抱えていることはよく知られています(昨年、法律がようやく改正され、従来の〈監獄法〉は〈受刑者処遇法〉に変わったようです)。が、まさに日本のムショ暮らしが、他の先進諸国に比べてケタ外れに過酷であることそのことが、刑のバランスを崩さずにそのまま死刑を廃止出来る理由であるような気もするのです。問題は、日本には実質上すでに終身刑があるということ、ところがその実態が、マスコミの情報操作と司法の隠蔽主義のせいで、はっきり認識されていないということのふたつです。もしも仮釈放に対する基準が明確になり、正しい情報公開が行なわれるなら、現行の無期懲役刑には死刑の代替刑としての資格が充分にあるような気がします。これに犯罪遺族による仮釈放への拒否権まで付け加えれば、とりあえず日本版終身刑として完璧なのではないだろうか? どうもこのへんが私の主張の落ち着きどころになろうかと思います。

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受信: 2007年3月25日 (日) 05時14分

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受信: 2007年3月25日 (日) 20時31分

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