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2007年2月11日 (日)

愛国心をめぐる素朴な議論

 このブログでは、これまでにも何回か、新聞の読者投稿欄の記事をネタとして使わせてもらっています。我が家で購読しているのは朝日新聞なので、朝刊の中ほどにある『声』の欄ですね。そこには新聞の社説やテレビのニュース解説にはない、素朴で飾らない庶民感覚があふれているように思い、共感しながら読むことが多いのです。もちろん、そこには新聞社の編集方針というものが厳としてあり、そのポリシーに沿わない投稿は採用されないといった政治的な力も働いているのだとは思います。それでも、そういった編集側の意図とは無関係に、新聞の読者投稿欄には、この国もまだまだ捨てたものではないな、そう思わせるような心に響く記事が数多くあると感じるのです。出勤前の忙しい時間、経済欄や政治欄は見出しだけを飛ばし読みしても、『声』の欄だけはついつい目を通してしまうんですね。ところが、『声』欄の編集部は、時々読者投稿を編集方針に従って取捨選択する以上のことをやっているように見受けられることがあります。平均的な朝日新聞の読者なら、反撥を感じるであろう挑発的な意見をわざと取り上げ、それに反論する読者の意見を(暗に)募集するのです。最近もこんな投稿が『声』欄の冒頭に載りました。

 『守る気概欠き 何が愛国心か
 愛国心についての朝日新聞世論調査の結果(25日朝刊)が腑に落ちない。「愛国心がどの程度あると思いますか」の質問に「大いにある」「ある程度ある」と答えた合計は8割近い。それなのに「仮に外国の軍隊が攻めてきたら」の質問に、「戦う」と答えたのは3分の1だったからだ。
 後者の質問に「逃げる」「降参する」と答えた合計は半数を越す。このような回答者は、愛国心というものを、オリンピックで日本選手を応援するぐらいに考えているのではないか。あるいは、陸続きではない日本に外国の軍隊が攻め込んで来るはずはないという平和ぼけからなのか。
 私は旧満州(中国黒竜江省)チチハルで国民学校4年時に終戦を迎えた。直後にソ連軍の侵攻を受け、戦争の現実を垣間見た。今の日本は、侵略することも侵略されることも予想し難い。だが、愛国心の基本は、国を守る気概を持ち続けることだと思う。
 想像したくないが、もし他国に侵略され、略奪や家族が陵辱された場合、「逃げる」と答えた人は「誰か守ってくれ」と言って自分は逃げ出すのだろうか。』(1月29日)

 どうでしょう? もちろんこの意見に素直に共感する方もいらっしゃるだろうと思います。安倍首相あたりが読めば、我が意を得たりとばかりに大きく肯くのかも知れませんね。しかし、常識的に考えれば、この投稿が朝日新聞の政治的立場を代弁する意見である訳はないので、編集部があえてこれを『声』欄の冒頭に掲載したことには、別の意図が隠されていたと考える方が自然です。別の意図というのは、この意見に対する反論募集ということです。愛国心に関するこの投稿者の方のような意見は、インターネットの世界ではおなじみのものですし、国民の声を代表するひとつの意見であるには違いありません。が、個人のブログや掲示板ならともかく、朝日新聞の読者投稿欄にこの文章がポツンと置かれているのはいかにも唐突な感じがします。編集部の、「どうです、こんな意見を寄せて来た人がいますよ、みなさんどう思います?」という陰の声が聞こえて来そうです。おそらく挑発に乗せられて、たくさんの人が反論の投稿を送ったのではないかと想像します。そんな中で今回採用されたのは、81歳の女性の書かれたこんな原稿でした。(ちなみに、朝日の『声』欄に採用されるためには、投稿者の年齢は高ければ高いほどいいみたいです。)

 『戦わず逃げる それが愛国的
 朝日新聞の世論調査結果(1月25日朝刊)についての「守る気概欠き 何が愛国心か」(29日)に反論します。「仮に外国の軍隊が攻めてきたら」という設問は、危機感をあおる風潮に乗っているようで疑問ですが、どう対応するかと問われたら「逃げる」「降参する」のが最も愛国的だと思います。戦えば双方に犠牲者が出て、国土を荒らすからです。それを防ぐことは愛国に違いありません。
 戦中、教育勅語を習いました。「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ……」。国家指導者に絶対的に従う精神を植え付けられ、私もその実行を願っていました。
 戦争は国内ばかりかアジア諸国にも多大の犠牲を強いました。その反省に立って日本は恒久平和を願っているのではありませんか。
 日本の侵略や植民地支配に国民が向き合うべき姿勢を尋ねた質問に、「大いに反省する必要がある」との答えが32%あったことは、世論の健全さを感じます。
 外国から攻められない国をつくるには、国策に唯々諾々と従うのではなく、政府を監視し、必要な批判や抗議をしていくことこそ愛国です。それが、戦争をした世代の実感です。』(2月4日)

 これで『声』編集部は、当初の目的を果たしたことになります。これに続く「国を守る気概」派からの再反論は、たぶんもうこの欄に載ることはありません。それが朝日新聞のお約束だからです。(昨日、そもそも朝日新聞が行なったアンケートの質問内容が恣意的だったのではないかという、至極まっとうな意見が『声』欄に載りましたが。) 私自身は、平均的な朝日新聞の読者なので、このふたつの意見のどちらに共感するかと言えば、後者の意見に共感する訳ですが、そこには何かすっきりしない気持ちも残ります。要するに〈やらせ〉ではないかと思ってしまうのです。この問題は、教育基本法や憲法改定にも絡む重大な問題だと思いますし、このふたつの意見に代表されるような、愛国心をめぐる根本的な意見の対立が、いま国を大きく二分しているとも考えられます。だとすれば、朝日新聞は予定調和的に自社の立場を一読者の声で代弁させるのではなく、この折り合うことが難しそうなふたつの意見を調停するような第三の道を示すべきだと思います。「私たちは信じている、言葉のチカラを」というコマーシャルを流している大新聞であるならば、その程度の言葉のチカラを発揮していただきたいところです。戦争を体験された高齢の投稿者の方の意見を、こんなかたちですれ違いのままにしておくことは、ジャーナリズムとして罪なことだとさえ思います。

 もしも自分がこの問題について、『声』欄に投稿するとしたら、どんな書き方をするだろう、それを考えてみました。500文字以内で、今回の71歳のおじいさんと81歳のおばあさんが、等しく納得して、お互いに建設的な議論に復帰出来るような意見はありうるでしょうか? ヒントは、この女性の投稿者の方が、愛国心そのものを否定している訳ではないという点にありそうです。もちろん新聞に投稿するつもりはありませんが、もしも自分ならこう書くという意見を作文してみました。(私は過去に一度投稿して、ボツになった経験があります。)

 『愛国の抽象論より 国防の具体論を
 朝日新聞の行なった愛国心に関する世論調査を巡って、この「声」の欄でも議論が起こりました。ただ今回の議論は、愛国心の発露について意見が対立したので、愛国心そのものの是非が論じられた訳ではないことに注意すべきです。例えば教育基本法の改定に反対する人でも、愛国心自体を否定する人は最近はまれだという気がします。
 そんな風潮の中、国を守るために戦うか逃げるかというふうに議論を単純化すること自体が不毛です。いつの時代でも、国防は国の基本的課題のひとつです。しかし、現代の進化した兵器の前では、守る気概だけでは国防はできません。また、狭い島国の中で、敵が攻めて来たら逃げるというのも現実的ではありません。
 そろそろ愛国心に関する抽象的な議論からは卒業すべきではないでしょうか。私達は自衛隊派遣の是非は論じますが、自衛隊がどんな兵器に予算を使っているのかは余り気にしません。「逃げる」派の人だって、自宅に地下シェルターを作っている人はほとんどいないでしょう。論じるべきは、むしろそちらです。
 むろん現実的という意味では、外国が攻めて来ないように日本が外交巧者になることが何より重要です。これも国民的な合意事項と言ってよかろうと思います。』

 うーん、字数が足りない、10文字くらいオーバーだ(笑)。500字で愛国心と国防問題を論ずるなんて、やっぱり無理ですね。こういう主張に対しては、例えば無政府主義やコスモポリタニズムのような立場の人から、反論を受けてしまいそうです。それにしても、今回の〈やらせ議論〉のもとになった朝日のアンケートが、やっぱり問題ですよ。『仮に外国の軍隊が攻めてきたら、あなたは戦いますか。逃げますか。降参しますか。』 いくらなんでも、学級新聞のアンケートじゃないんだからさあ。まあ、おかげで1回分のネタが助かったけど、朝日さん、剽窃問題や記者の倫理問題ばかりじゃなく、このへんのセンスをもう少し何とかしてくださいよ。

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