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2007年1月28日 (日)

地域通貨を起爆させるためのシナリオ(2)

 もしも地域通貨というものに、単なる地域振興や地元コミュニティの活性化といった目的以上の目的、例えば格差社会の是正であるとか、環境破壊の防止であるとか、危機に瀕している国家財政の再生であるとかいった大きな使命を託すとなれば、おのずと通貨制度そのものの仕組みも、その目的に沿ったものである必要があると思います。ここで仮に、地域振興を目的とするコミュニティ通貨を「小さな地域通貨」、それに対して社会変革を目指したオルタナティブな通貨の試みを「大きな地域通貨」と名付けて、区別して考えてみることにしましょう。(お、なんだか学術論文みたいだぞ。) 前回、最もポピュラーな地域通貨であるLETSについて触れましたが、これはその仕組みの上からも、小さな地域通貨に分類されるべきものだと思います。それは、現実のLETSが比較的小さなコミュニティを対象としているからという意味ではなくて、貨幣を発行しないゼロサムの通貨には、構造的に次のふたつの点で限界があると考えられるからです。①支払いを先に繰り延べることを許すゼロサム通貨では、いわゆる食い逃げ(言葉は悪いですが)が発生することを抑制出来ない、②ゼロサム通貨は、基本的にギブアンドテイクのイーブンな人間関係を前提としており、貧しい人たちや社会的に弱い立場の人たちを救うことが出来ない、この二点です。もちろんマイナスの累積額に制限を設けたり、取り引きに一定の税金をかけて、それを福祉に回すなどの工夫はありえると思います。しかし、それは純粋なコミュニティ通貨であるLETSの理念に反することであるように思えるし、そこまでして可憐なLETSに社会変革の使命を担わせるのも酷であるような気もするのです。

 素人の考えることなので、大雑把な議論であることは承知していますが(ちょっと弱気)、以上の考察から、もしも「大きな地域通貨」の実現がありうるとすれば、形式上それは地方自治体の発行する実体ある貨幣(紙幣)でなければならないということになります(物理的な実体はありませんが、電子マネーでもオーケーです。後で説明するように、むしろそちらの方が望ましいかも知れません)。これが自治体ではなく、NPOのような民間組織が発行する貨幣だとすると、流通する範囲も一部の人(会員や賛同者)に限定されますし、異なるNPOがそれぞれ別の貨幣を発行すれば、同じ地域内でそれが競合する可能性も出て来てしまいます。もちろん、地方自治体といえども、すべての住民にそれを使うことを強制することは出来ません。が、少なくとも公務員給与の一部を自治体通貨で支払うことなら出来ます。(括弧書きの注釈が多くてすみません。これには当の公務員の方々から反撥が出ると思います。でも、もう少しだけ我慢して読んでくださいね。) 住民の中に一定量の通貨を流通させることに成功すれば、やがてそれは自然に循環し始めます。収入の一部が自治体通貨である以上、それを使わなければ生活出来ないからです。もしも必要ならば、最初は自治体直営のスーパーマーケットのようなものを作ってもいいでしょう(1931年のシュヴァーネンキルヘンでも、スタートは官製マーケットでした)。はずみがつけば、そこから先は市場原理に任せられる筈です。これは言ってみれば、地方自治体によるセイニアーリッジ権の行使に他なりません。仮にそれが現在の日本の法律で認められたとしても(おそらく認められないでしょうが)、だからと言って自治体に無制限の通貨発行を許す訳にはいかないのも事実です。自治体が発行可能な通貨の量は、その地域の生産量と消費量、またその内の自家消費の割合、あるいは自治体の財政状況による緊急度などを考慮した上で、厳密に査定される必要があるでしょう。基本的には、その地域内で生産し、消費される額に見合った通貨が発行されるのです。たくさん通貨を発行させたければ、産業を振興して地域の生産性を上げ、消費する人口を増やさなければならないということにもなります。

 もうひとつ地域通貨において考えておかなければならないファクターは利子の問題です。シルビオ・ゲゼルが考えていたのは(って、私はまだゲゼルさん本人の著作を読んでいないのですが)、年間に5パーセント程度減価するマイナス利子の通貨だったそうです。このへんは、5パーセントがいいのか、10パーセントがいいのか、はたまた20パーセントくらいは必要なのか、私には皆目見当がつきません。基本的なコンセプトは、生産財が古くなって劣化する速度と同等の速さで通貨も減価させるということですから、5パーセントでは少な過ぎるのではないかという気がします。今どき、電気製品や自動車のような耐久消費財だって、実際の耐用年数は5年から10年くらいのものでしょう? ところで、現在の地域通貨の試みの中で、ゲゼル思想に忠実に、減価する貨幣の仕組みを取り入れているところは、ほとんど無いようです。これは現実問題として仕方の無いことだという気もします。どんな貨幣の形態をとるにせよ、マイナスの利子をつけることは、その手続き自体に相当なコストがかかってしまうからです。特に「小さな地域通貨」にとっては、運用に余分なコストや手間がかかることは致命的です。しかし、これも私の勝手な予測なのですが、もしも「大きな地域通貨」というものがあるとすれば、それはやはりマイナス利子の通貨でなければならないような気がします。というのも、大きな地域通貨は、その本来の定義から、限定された一地域内に停滞していてはいけない、自ら勢力を拡大して行くような通貨のことだからです。すごい速度で流通し、それを導入した地域の経済をまたたく間にうるおし、周辺の地域もそれにあやかりたいと思わせるような通貨でなくてはならない。それを実現するには、人々は追い立てられるくらいのスピードでお金を手放さなければなりません。そのためには、使わなければどんどん目減りして行ってしまう性質の通貨が、どうしたって必要だと思うのです。自治体発行の通貨は、どちらにしても最初は補助通貨として、国が発行する本位通貨と併用される訳ですから、もしも景気が回復して本位通貨が潤沢に流通するようになれば、利子が付かず両替も出来ない自治体通貨は、結局は使える用途も限定され、家庭のタンスの中にしまい込まれてしまうかも知れません。たとえそれがプラスの利子であれマイナスの利子であれ、利子の付くお金は人を行動に駆り立てます。プラス利子のお金は、出来るだけたくさんそれを貯め込もうとして、マイナス利子のお金は、出来るだけ早くそれを使ってしまおうとして。ところが、無利子のお金には、そうした人を駆り立てるものが無いのです。これでは規模拡大は望めません。大きな通貨を目指す自治体通貨は、たとえ国全体が好景気に沸く時にさえ、日本円を押し分けて市中を駆けめぐるものでなくてはなりません。

 地域通貨の歴史を眺めてみると、ひとつの国全体に及ぶほどの広がりを見せ、国家経済にさえ大きな影響を与えた(たぶん)唯一の例は、アルゼンチンのRGTと呼ばれる地域通貨だと思います。RGTが誕生したのは1995年、ブエノスアイレス郊外の町で、最初は20人程度の人が集まって始めたLETS型のコミュニティ通貨が出発点でした。国内の失業率が18パーセントを超すという、おりからの不況の中で、RGTは急速に支持者を得て拡大します。通貨の形も通帳型から紙幣型に変わり、各地でこの新しい貨幣のためのバザールが開催されるようになります。さらにはいくつかの州では税金もペソではなくこの通貨で払えるようにさえなります。つまり行政のバックアップもあったのです。2000年頃には、RGTの利用者は全国で数十万人規模にまで拡大していたと言います。ところが、まだ私たちの記憶にも新しいところですが、アルゼンチンは2001年の末から2002年にかけて、(凶暴なグローバル資本にもてあそばれる格好で)国家財政が破綻するという局面を迎えます。この時、市民通貨への期待はいやが上にも高まり、一時は600万人もの国民がRGTに参加した、いや、なだれ込んだのです。だが、この急激な規模の拡大は、国家経済が麻痺する中で非常な混乱を巻き起こしました。過剰な紙幣の発行や偽造の横行、不正な取り引きの増加などにより、RGTのシステム自体がクラッシュしてしまうのです。現在のアルゼンチンでは、RGTの活動は非常に限定された規模に縮小していると言います。私がこの例を持ち出したのは、ここから三つの重要な教訓が引き出せると思うからです。まずひとつ目は、地域通貨が全国規模に広がるためには、政府部門の理解と協力が必要だということです。具体的には、納税や行政サービスへの支払いに、地域通貨を使えるようにするということです。ふたつ目は、貨幣自体が偽造などの不正に強い仕組みであることです。RGTと並んで利用者の多いカナダのトロントダラーは、国家通貨であるカナダドルと同じ国営の印刷所に委託して、紙幣を刷ってもらっていると言います。そして三つ目は、高い失業率や財政破綻といった経済的なマイナス要因が、地域通貨の起爆のためには非常に有効であるということです。これは住民が、共通の危機意識やグローバリズムへの対抗意識から、地域通貨に向けて気持ちを結束させるからだと理解出来ます。経済危機は、地域通貨拡大の起爆剤になりうるのです。

 私が何を言いたいかは、もう察しられてしまったと思います。そう、全国の財政危機にある自治体が、財政再建策の切り札として自治体通貨を発行することは出来ないかということです。夕張市で起こったことは、ひとつの自治体が財政破綻するということがどういうことなのかを、国民に思い知らせました。私たちは、多くの自治体の財政がとても悪い状況にあることは知っていました。しかし、これは日本人に特有な甘えの構造なのかも知れませんが、最後は〈お上〉がなんとかしてくれるとどこかで高を括っていたのです(実際、銀行や大企業が破綻した時には、国がなんとかしたのですから)。ところが、夕張市は無残にも見捨てられてしまった。今週のニュースでは、市は人工透析が必要な患者さんへの支援も打ち切る決定をしたと伝えられていました。住民は憲法が保障する基本的な生存権をさえ、脅かされつつあるのです。これを聞いて私は思いました、何故夕張市は国に反抗しないのだろうと。確かに市の財政運営に放漫なところがあったことは認めなければならないでしょう。放置された無人の遊園地はその象徴です。が、その責任はすべて自治体が一手に負わなければならないものでしょうか? 財政的な裏付けが無いまま進められた国の地域振興政策、それに続く無責任とも思える地方への支援打ち切り(こういう場合、国はいつでも〈自立〉というコトバを使います)、そして何よりも規制緩和に伴って大資本に食い荒らされてしまった地方産業の衰退、これらはひとり夕張市だけの問題ではないのです。これに対抗するために、地方自治体はたくさんの打ち手を持っている訳ではないと思います。自治体通貨の発行は、その数少ない打ち手のうちの最後の一手ではないでしょうか。夕張市では、職員の数も半分以下に減らし、市営の図書館や博物館も閉鎖してしまいました。ただでさえ働き口の少ない地方都市で、なんともったいないことでしょう。市は、職員の給与の半分を自治体通貨で支給し、雇用を守るという選択肢をとれなかったのでしょうか。いや、もしもそのような試みが今後実行されたとしても、国はこれに余計な口出しをすべきではないと考えます。何故なら、ここで夕張市が行なうことは、日本がやがてやって来る国家財政危機を乗り越えるための、果敢な実験であり、予行演習でもあるからです。

 もしも自治体通貨の試みが、破綻した地方財政の立て直しのためだけであるならば、それは大きな地域通貨にまで成長することはないでしょう。ですが、今日、地方が荒廃しているという問題は、単にその地方だけの問題ではありません、そこには我が国のこれからの運命を左右するほどの重要な問題が隠されています。いまこの国では、農業や漁業や林業や鉱業などの第一次産業に頼っている地方ほど、経済的に疲弊しているという現実があります。これが例えば日本の食料自給率や原材料自給率が百パーセントを超えており、生産地が過当競争に陥っているというなら話は分かります。が、決してそうではないのです。各国の通貨間に発生している価値の不均衡、あまりに激しい人件費の差が、国内の生産地を嵐のように直撃しているのです。ある地域はいままさに吹きすさぶ嵐の真っただ中にあり、ある地域は嵐が過ぎ去ったあとの荒廃から立ち直れずにいる。しかし、対策はあります。地域の経済活動をグローバリズムの網のなかから救い出し、地域で産み出された富を、何よりもまずその地域の人たちに還元して行く方法が。それがすなわちマイナス利子の付いた自治体通貨なのです。しかもこれは一自治体を再生させるためだけの政策ではありません、この国の将来を決定づけるほどの影響を持った政策であると私は考えます。今後半世紀のあいだに世界で起こることは、大筋では予測が立っています。日本では人口の減少が危惧されていますが、全世界で見た場合には、さらなる人口の爆発が予想されています。その時には地球規模での食料危機やエネルギー危機が起こる、これはほとんど確定した未来です。そして先進国のなかで、その最も深刻な影響を受けるのは、日本である可能性が高いのです。そこまで考えれば、地方の再生ということが、これからの日本にとっていかに重要な課題であるかが分かるのです。

 そのシナリオを私はこんなふうに夢見ます。夕張市は、今世紀に入って初めての破産自治体という不名誉な称号を得てしまいました。が、初めてであるが故の利点もあると思います。例えば、成人式の予算が削られたと言えば、全国から多額の寄付が寄せられる。その先行者利得を最大限に活用します。まず、夕張市は、二十一世紀の新しいヴェルグル町になることを世界に向けて宣言します。そして現代のテクノロジーを活かした洗練された電子マネーを自治体通貨として採用します(もちろん減価する通貨です)。費用はかかりますが、きっとスポンサーが現れるでしょう。新通貨の単位は、そうですね、千葉県にはピーナッツという地域通貨があるそうですが、夕張市ですから当然「メロン」でしょう(実はこのオチを最初に思い付いて、それで今回の記事を書き始めました。笑)。日本円と連動する地域通貨ですから、1メロン=1円ということになります。これを発行することで、市は公共事業をさえ再開出来ます。外部の業者は入って来られません、なにせ支払いはメロンですから。うまく軌道に乗れば、全国から視察団が大挙して押し寄せるでしょう。彼らは外貨(日本円)を市内に落として行ってくれます。彼らをもてなすのに、休眠している遊園地も活用しましょう。ここでも外貨が稼げます。夕張の遊園地は、地方凋落の象徴から一転して、地方再生の記念すべきモニュメントに変貌するのです。とにかくなりふりかまってなどいられない、最初の成功事例を作ることが夕張の歴史的使命です。やがて夕張市の成功を見て、追随する自治体が各地に現れます。この時、電子通貨の仕様を統一しておけば、互いの通貨で相互乗り入れが出来るようになります(私鉄の共通カードのようなものです)。これが地域通貨の全国展開を起爆するのです。日本円に対抗する、いやもとい、日本円を補完する第二の国民通貨の誕生です。夢物語のように思われるでしょうが、私はこれは成功の可能性が高いと見ています。都市部であろうと地方であろうと、人がいて、生活している限り、たとえ国家通貨に換算出来なくても、日々価値を生み出しながら生活しているのですから。

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