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2006年9月24日 (日)

文系人間が考える時間論

 政治・経済ネタが続いたので、そろそろ哲学の話題に戻したいと思っていたところ、タイムリーにもmori夫さんが「時間」についての考察を書かれていましたので、それに相乗りしようと思います。なんだか毎回テーマを貰っている感じですね(笑)。哲学に興味を持っている者にとって、時間とは何かという問題は避けて通れない基本問題だと思いますが、そこには道徳や宗教について考えるのとはまた違った難しさがあります。mori夫さんも触れられているように、現代人にとって時間を考えるということは、相対性理論を始めとする物理学的な時間理論と無関係ではいられないからです。そうなると、自分のような数式アレルギーの文系人間には手も足も出ません。しかし、本当に時間論の問題は、理論物理学によってのみ探求されるべき問題なのだろうか? 今回は無謀を承知で、文系人間が考える時間論というものについて書いてみようと思います。きっと間違ったことを書くと思いますので、気付いた方はぜひご指摘ください。

 アインシュタインの理論によって、宇宙の中では時間の進み方が一定ではないということが常識のように語られるようになった訳ですが、これがまず文系人間には気に食わないところです。加速度や重力の影響によって、ある環境では物質の変化のスピードが遅くなるというのは分かります。亜光速まで加速したロケットの中や、ブラックホールに落ちて行く物体の上では、時計の針は地球上よりもゆっくり進みます。分からないのは、何故そのことが<時間そのもの>の進み方が遅くなるという言い方で表現されるかです。SFなどでもよく取り上げられる「浦島効果」というのがありますね。光速に近い速度で宇宙旅行をして来た人が地球に戻ってみると、宇宙船の中では1年しか経っていないのに、地上では数十年が経過していたというあれです。一見驚くべきことのように思われますが、よく考えてみれば、私たちの時間に関する常識をくつがえしてしまうほど驚くべきことではないと気付きます。宇宙船の乗組員にとっては、時計の進み方が遅くなったと感じられる訳ではない、ただ地球に戻って来て初めて両者が経験した時間の長さが違っていたことに気付く訳です。注意しなければならないのは、宇宙から帰還した人は、決して未来の地球にタイムスリップをしてしまったのではないという点です。両者は物理的な変化のスピードが異なる世界にいたけれども、同じ時間を過ごして来たことに変りはない。これがもしも地球を旅立った日よりも過去の日付に戻ってしまったというなら話は別ですが、相対性理論でもそれは許していないと思います(光より速い物質は存在しない)。

 人類が発明した最も精度の高い原子時計だって、時間というものを計るには物質の変化の速度を利用するしかない訳で、基本的なアイデアは古代から伝わる水時計や火時計のようなものと変りありません。今日でも私たちは時間そのものを直接計る術を持たないのです。であるならば、アインシュタインが発見した真理とは、加速度や重力の影響によって、従来一定だと思われていた物質の変化の速度が、<相対的に>変化するというそれだけのことだったのではないでしょうか(なんて言い切っちゃって平気か? 笑)。時間そのものは、そんな周囲の状態とは無関係に一定の速度で流れている、という言い方も誤解のもとです、時間というものはそれ自体が実体を持って川のように流れているものではないからです。むしろ哲学者のカントが考えたように、時間だとか空間だとかいうものは、人間の認識能力にアプリオリに与えられた形式なのだと考えた方がいいと思います(カント哲学だって、私はよく理解している訳ではないんです。苦笑)。ですから、mori夫さんが時間の非実体性を説明するのに、アインシュタインを持ち出した点には私は疑問を感じますけど、『時間が変化を生み出すのではない。変化を自己参照するから、時間みたいなものがあると錯覚するのだ』という表現には、深く共感するのです。

 (いま、気が付いたのですが、特に日本語では「時計」という名前がよくないのかも知れませんね。<時間を計る機械>、アインシュタインが相対性理論を完成させてしまった以上、そんなものはこの世に存在する筈がないのです。むしろ私は、この小さな機械を「共時性測定器」と呼ぶことを提案します。それはこの地球上でしか通用しないものですが、それが無ければ人と落ち合うことも、列車を無事に運行することも出来ない。現代では、<共時性>こそ社会を成り立たせている最も根本的な原理です。)

 この同じ理由によって、相対性理論が<同時性>というものを否定したというのも納得が行きません。ブラックホールに飲み込まれた宇宙船と、この地球上では、なるほど物質の変化の速度はうんと違う。いまこの瞬間、ブラックホールにつかまった宇宙船の中では、地上の私たちから見たら、止まっているとしか思えないほど、のろのろと時間が進んでいるでしょう。が、両者の距離が文字どおり天文学的に離れていても、「いまこの瞬間」というものはお互いに共通に存在する。ただ、それをお互いに確認する手段は、現実的にはもちろん、理論的にも絶対ありえないというだけの話です。(なにせ、宇宙の広大さから見れば、この世で一番速いという光だって、うんざりするほどのろのろ進むものでしかない訳ですから。) だから同時性と言っても、それは観測や実験によって証明出来るものではない、いわば「神の目」によってのみ見通せるものなのです。しかし、人間は本質的に神のごとき目を持って生まれて来る生物だということを忘れてはいけません。もっと分かりやすい言葉で言えば、「想像力」だとか「思考実験」だとかいうことですね。アインシュタインが相対性理論を発見出来たのも、彼が人一倍強力な、この神のごとき目を持っていたからではないですか。

 哲学者ニーチェの根本思想のひとつは、「永劫回帰思想」というものだと言われます。これはひとつの時間理論です。もしも時間が永遠なものであるなら、あらゆる物質が過去にあったのと全く同じ配置をとる瞬間があるに違いない。そこを結節点として、時間は円環を成していると仮定出来る。もしそうであるならば、私のこの人生も無限回に渡って繰り返される(繰り返されて来た)に違いない。しかも、そこには何ひとつ違いの無い、全く同じ人生が繰り返しやって来るのだ。そしてニーチェは、孤独で、貧しくて、病弱で、やがては発狂する運命にある自分の生を、無限回に渡って受け入れることを、いや、受け入れるだけでなく、全身全霊でこれを愛することを決意する。「運命愛」という思想にたどり着くのです。私は理論的な意味での永劫回帰思想には全く賛同出来ませんが、これに向き合ったニーチェの生き方には、心が震えるほど共感します。これこそが真の哲学者の態度であるに違いないと思ってしまうのです。

 相対性理論は、従来の時間や空間に関する考え方を、根底からくつがえしてしまったと言います。しかしそれは、生まれて、生きて、やがては死んで行かなければならない我々の生のあり方までも変えてしまった訳ではない。時間に関する現代科学の洗練された理論は、私たちが素朴に感じている時間というものに対するおそれや、あるいは無常というものを感じ取る感性に比較すれば、まだまだ物足りないものだと感じます。それは脳の研究によって、人の心が解明出来ないのと同じレベルの話です。正直な気持ちを言えば、自分が何故ここにこうして存在するかという問題と、どこかでつながってくれない限り、どんな時間論を持って来られても最終的な納得は出来ないような気がする。いつかはアインシュタインよりもさらに偉大な天才物理学者が現れて、人間の生き方をさえ根本的に変えてしまう、そんな理論を編み出す日が来るのでしょうか?

 最後にひとつ蛇足ですが、私が昔から考えている、恐ろしい地球消滅のシナリオについて書いておきます。光の速度を超えるものは存在しないという定理から思い付いたものです。もしも我々の銀河系の中心部近く、望遠鏡では観測出来ない暗黒物質の裏側で、とてつもなく巨大な超新星爆発が起こったとしましょう。ビッグバンのミニチュア版だと思ってください。それはほとんど光の速度で膨張し、周囲の恒星系を飲み込んで行く。やがてそれは我々の太陽系さえも飲み込んでしまいます。恐ろしいのは、この破局が現代の科学をもってしても全く予知出来ない、不意打ちとしてやって来ることです(光速より速い情報伝達手段は無いのですから)。原爆があっと言う間に広島の街を飲み込んだように、人類は何が起こったかも分からないまま一瞬で絶滅する。それが今日かも知れないのです。いやあ、恐ろし過ぎてSF小説の題材にもなりませんね。どなたか私のこの恐怖を、理論的に取り除いてくださる方はいらっしゃいませんか?

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コメント

自己レスです。考えてみれば、いくら超新星爆発の膨張速度が速いと言っても、全く光速と等しい訳ではありませんから、地球が爆発に飲み込まれる前兆として、爆発時の閃光の方が先に地球に届きますね。原爆のピカドンと同じです。もしも、爆発の中心が1万光年のかなたで、爆発の速度が光速の99.9パーセントだったとすれば、「ピカ」と「ドン」の間には約10年の猶予があることになる。その間、天空には二つの太陽があるような状態になるのでしょうか。いずれにしても、人類はそれが何の予兆であるかには気付く筈ですし、全く不意打ちで地球が滅亡する訳ではなさそうです。ああ、良かった、少し安心しました。だが、待てよ、何も知らずに一瞬で地球が消滅してしまうのと、あと何年かで確実に破局が来ることを知ってしまうのと、どちらが幸せかと言うと…

投稿: Like_an_Arrow | 2006年9月26日 (火) 12時58分

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