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2006年9月18日 (月)

若者が右傾化する本当の理由

 前回の記事で、もしかしたら安倍晋三さんは小林よしのりさんの愛読者なのでは?という疑惑について書きました。それで思い出したことがあります。今年の8月15日には26万人近い人が靖国神社を参拝したそうで、その中には二十代の若い人も目立っていました。一部には首相の参拝に抗議するために集まったグループもあったようですが、ほとんどは戦争で命を失った旧日本軍の兵士たち(その多くは彼らと同じくらいの年齢でした)に対する追悼や敬慕の気持ちから参拝したのではないかと思います。若者の右傾化については、いろいろな人がいろいろな理屈をつけて説明していると思いますが、私の仮説は単純です。彼らの多くは小林よしのりさんの漫画を読み、それに感化されて靖国神社まで出向いて来たのです。その証拠に、テレビのインタビューに答える彼らの言葉は、ほとんどが小林さんのコトバそのままの受け売りでした。

 ひとりの漫画家ごときに、そんなたいそうな影響力がある筈はない、現代の若者が右傾化している背景には、もっと根本的な現代社会の問題が横たわっているのだ、そんな反論もあるだろうと思います。私は小林よしのりさんの漫画以外に、いわゆる右寄りと言われる人たちの文章をほとんど読んでいないので、一体誰が彼らの黒幕なのかといったことは分かりません。ただ、小林さんの漫画が本当に面白いと感じている私には、ひそかに確信していることがあるのです。それは若者だけではなく、この国の保守派と言われる大人の論客たちの多くも、実は小林さんの影響下にあるに違いないということです。理由は簡単です。小林さんの言葉(というか漫画としての表現全体)には、国内のすべての論客が束になってもかなわないほどの(たぶん)、爆弾のような強烈な感化力があるからです。『戦争論』はシリーズ全部で150万部売れたと言います。『ゴーマニズム宣言』は通算700万部くらい売れたらしい。しかもそれは高橋哲哉さんや藤原正彦さんのような単発のヒット作ではなくて、息の長い固定ファンに支えられたロングセラーなのです。これが社会に影響を与えない訳がない。ことに小林よしのりさんは、現在のような社会派の漫画家になる前は、少年漫画の世界でもヒット作を次々に生み出していた作家です。今の二十代、三十代の若い人たちの中には、子供の頃から一貫して<よしりん>ブランドで育った人も少なくない筈です。単行本の発行部数だけでも、一千万部を優に超えているだろう人気作家が、いまの若い世代をまるごと感化し尽くしたと言っても、あながち誇張表現だとは思われません。

 おそらく左寄りの立場の人たちの多くは、(いや、右寄りの立場の人たちでさえも)、このような小林よしのりさんの絶大な人気と影響力については、実のところいまいましく感じているのではないかと思います。私も最初に『靖国論』を読んだ時には、そう感じたのを覚えています。しかし、その後、初期の作品も含めて何冊かの話題作を読んでみて、私は小林よしのりという人は、見た目ほど思想的に偏向した人でもないし、むしろふつうの思索人として実にまっとうなやり方をしている人だと考えるようになりました。文庫本になった『ゴーマニズム宣言』第1巻のまえがきには、こんな言葉があります、『知識人というものがいかに知識を膨大に蓄積していようと、結果として世の中に意見を披露する際、どれほどの我々一般人の常識に腑に落ちる言葉を吐いてくれて、我々の庶民としての生活を落ち着かせてくれているだろうか。わしは知識人を無視して勝手に庶民の思想を表現してしまおうと企んだ。』 大学教授や評論家の肩書きを持つ知識人と呼ばれる人たちの言葉は、いくら知識が豊富で正しい理屈に見えても、我々庶民の心には決して届かない、そう感じ取る感性を持った人なら、小林さんのこの言葉に共感と期待を抱かずにはいられない筈です。そして小林よしのりという表現者は、多くの著作を通して、この宣言がウソでないことを証明してみせた。誰もがもっともらしいことばかり言って、誰も本当のことを言おうとしないこの閉塞した時代のなかで、彼だけは「王様は裸だ!」とはっきり叫んだのです。

 たまたま現在の小林さんは、右翼的な評論家と同じような口ぶりをしていますが、私はこの人は右翼的思想を漫画で宣伝している単なるイデオローグではないと思っています。むしろ漫画というメディアによって、自分の思想の変遷をどこまで正直に、どこまで赤裸々に表現出来るかを執拗なまでに追い求めた、実験的なアーティストなのだと思います。そしてこのようなパフォーマンスが、若い人も含めた多くの読者の心をとらえたのも当然なことだし、むしろ健全なことだとさえ思えます。って、なんだか私自身の口ぶりも評論家みたいですね。今回の文章は、実を言うと小林よしのりさんへのオマージュのつもりで書いているのですが(笑)、こんなふうに賢い評論家みたいな言葉を連ねていると、それこそゴーマニズムの餌食になってしまいそうです。で、ここから先は私も敬愛するよしりんにならって、ひとりのゴーマニストとしての意見を言うのですが(そもそもブロガーなんていうものは、プチ・ゴーマニスト以外の何者でもありません)、現在の小林よしのり人気に起因する若者の右傾化問題で一番深刻なのは、まさしく現代の政治を覆っているポピュリズムの問題そのものなのだと考えます。

 自民党の三人の総裁候補のうち、国民のあいだで安倍さんの人気が一番高いのは何故でしょう? 私の考えは簡単で、安倍さんが(失礼ですが)あとのお二人よりも好男子で、グッド・ルッキングだからです。政策の内容なんて大した問題じゃない。私たち日本人は、いまだに西洋人に対して体格や外見でコンプレックスを持っているので、一国の総理を選ぶ時には、欧米の居並ぶ首長連中と並んだ時、あまりにみすぼらしく、ちんちくりんであって欲しくない。小泉さんが長く国民の支持を得られていたのも、ひとつにはここに理由があったと思います。これは日本だけの問題ではありません、アメリカの大統領選でケネディとニクソンが争った時、演説の内容と議論において勝っていたニクソンよりも、専門のスタイリストをつけてテレビ映りに最大限配慮したハンサムなケネディを米国民が支持した時、はっきりと証明されてしまった時代の現実です。(とても口惜しいし、絶対に認めたくないことですが、石原都知事の人気だって、これと無関係ではない筈です。笑) 小林よしのりさんの人気も、要するにこれと同じです。いや、小林さん自身がハンサムだという意味ではないですよ(失礼だな。笑)、そうではなくて、現代のように誰もが同じ一票の投票権を持っている時代には、大衆の求めるところに照準を当ててものを言わなければ、効果は無いという意味です。いまの若い人はあまり活字を読まない。いくら加藤典洋さんと高橋哲哉さんが質の高い論争をしても、誰も読まなければ社会的な影響力はありません。しかし、若い人も漫画なら読むのです。このメディアを政治的に利用するという点で、よしりん企画(小林よしのりさんの会社)が長年に渡って独占企業になっているという点こそが、最大の問題なのではないだろうか。

 mori夫さんからいただいたコメントによれば、日本のアニメは世界中を席捲しているし、それは単に商業的に成功しているだけではなく、例えば日本の若者たちの「かわいい」という価値観を世界に広めることにも成功しているのだそうです。私は、日本人が伝統的に持っている宗教的な寛容さだとか、憎しみを世代を超えて引き継がない恬淡さだとかいうものを、世界中に輸出出来たらいいなと思っているのですが、mori夫さんの言われるとおり、それは分厚い哲学書や小説によってではなく、漫画やアニメによって成し遂げられることなのかも知れません。最近の漫画が到達した高度な表現力を駆使すれば、政治だってもっと面白くなることは、小林よしのりさんが証明してみせたとおりです。それは若者たちをもう一度政治に引き戻す牽引役にもなるでしょう。漫画を政治の道具に使うなどけしからんという意見もあるかと思いますが、それを言うなら活字を政治の道具に使うこともけしからん訳で、漫画という表現形式を見下した意味の無い偏見に過ぎない。むしろ、小林さんとは違う政治的立場の漫画家が、小林さんに真っ向から反論するような作品を描いてくれたらいいと私は思う。そして、政治に対するいろいろな考えを持った作者の魅力的な作品が、百花繚乱、頭がクラクラするくらい乱立すればいい。そうなれば漫画好きの若者たちも、様々な作品に触れるなかで、政治に対する目を肥やすことも出来るのです。これは次の世代がポピュリズムに対抗する批評精神を持つために、重要なことであると思います。若い漫画家や出版社は、この方面での市場開拓をもっと積極的にしたらどうでしょう。

 ところで、今回の文章を書きながら、私は小林よしのりさんにぜひ訊いてみたいことがあるのに気付きました。最近の若者たちの多くが、小林さんの本を読み、その言葉をそのまま受け売りするような、いわば小林エピゴーネンになってしまっていることを、小林さん自身がどうお考えになっているかということです。もちろん、その若者の中には、政界の若きリーダー、安倍晋三さんその人も含まれます。

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コメント

mori夫です。いつも私のコメントをとりあげていただいて、ありがとうございます。

> 私の仮説は単純です。彼らの多くは小林よしのりさんの漫画を読み、それに感化されて靖国神社まで出向いて来たのです。

「東大一直線」だとか「おぼっちゃまくん」だとか、彼が作品を発表する漫画週刊誌は、毎週600万部以上も売れていたそうです。娘がまだ子供のとき、ご飯を食べながら、「ともだちんこ!」を連発する「おぼっちゃまくん」のテレビを見てゲラゲラ笑うので、「こんなくだらん番組を見るな!」と言って、チャンネルを変えたことがあります(笑)。 その作者がこんな硬派な政治漫画を描くようになるとは、少しも予想していませんでした。(彼はギャグ漫画の天才でした。)彼の漫画を見て育った若者が、いま20代でしょうね。

> 私は小林よしのりさんの漫画以外に、いわゆる右寄りと言われる人たちの文章をほとんど読んでいないので、一体誰が彼らの黒幕なのかといったことは分かりません。

それ以外としては、ネット上の「嫌中・嫌韓HP、ブログ」の影響が大きいでしょうね。このブログ人気ランキングでは、上位20個くらい「嫌中・嫌韓」ものがズラリと並んでいます。
http://blog.with2.net/rank1510-0.html

「依存症の独り言」、「アジアの真実」、「厳選!韓国情報」などは、中・韓がいかに国民に嘘を教えているか、いかに日本の昔の「悪事」(その9割が嘘)を大げさに宣伝しているか、韓国がいかに日本のアニメ文化や商品文化を盗んで真似ているか、いかに朝日などのマスコミが日本だけを悪者にして中・韓を擁護しているか、それをしつこくしつこく書いています。

こういうのを読んでしまうと、まあ普通の人は「右寄り」になるでしょうね。(私も書いてあること自体は嘘ではないと思っています。まあしかし「話半分」という姿勢で読み流すのが、ちょうどいいとも思っています。悪い部分だけを大げさに書いているのは、左派も右派も同じ。)

> 最近の若者たちの多くが、小林さんの本を読み、その言葉をそのまま受け売りするような、いわば小林エピゴーネンになってしまっていることを、小林さん自身がどうお考えになっているかということです。

たぶんよくは思わないでしょうね。「オレの意見を参考にするのはいいが、本当のことは、いろいろの人の本を読むなり、現地の人に会うなりして、自分で確かめろ」と言うでしょうね。

投稿: mori夫 | 2006年9月19日 (火) 20時33分

mori夫さん、コメントありがとうございます。

> このブログ人気ランキングでは、上位20個くらい「嫌中・嫌韓」ものがズラリと並んでいます。

ほんとうですね。これは政治関連ブログの人気投票の結果なんですよね。こういうのを見てしまうと、私が期待しているような、左右拮抗したバランスの良い言説空間なんて、とても非現実的なことのような気がしますね。なんだかおそろしいです。

投稿: Like_an_Arrow | 2006年9月24日 (日) 19時35分

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