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2006年3月 5日 (日)

山崎ハコさんの歌

 今回は哲学の話も政治の話もお休みして、自分の好きな音楽の話を。若い頃から音楽が切れると禁断症状を起こすほどの音楽アディクトだった私は、また非常に偏った音楽の好みを持っていました。クラシックでもポピュラーでも、とにかくジャンルにはこだわらないけれども、好きな作曲家やアーティストにのめり込むと、一途にその人だけを聴き続ける。たった一枚のアルバムを数ヶ月、下手をすれば数年に渡って聴き続けるのです。そんな自分が、これまでに一番はまったアーティストが、シンガー・ソングライターの山崎ハコさんでした。

 昨年は彼女がデビューして三十周年、今でもカルト的な人気を持つなんて表現をされる人ですから、知らない人は少ないと思います。最近、三十年前の彼女のファースト・アルバムセカンド・アルバムが、懐かしいジャケットとともにCDになって復刻されました。しかもオリジナルには無かったボーナス・トラック付き(最近この手で同じCDを二度買わされることが多い)。それでここ暫く聴いていなかった彼女の歌を、また聴き始めたのです。そしてあらためて思ったんです、とてもこの人は日本のいちフォーク・シンガーといった程度の位置付けで済まされる人ではないと。

 ハコさんが『飛・び・ま・す』というアルバムで衝撃のデビューを飾ったのは十八歳の秋、彼女と同い年の私も高校三年生で、ちょうど受験勉強の真っ最中でした。小林秀雄がランボオについて書いたひそみに習って言えば、彼女の歌は十八歳の私の心の中で炸裂したのです、以後数年間、私は山崎ハコという事件の渦中にいた。たぶん彼女のファンだった人にはみな経験があることだと思います。自分が幸運だったのは、十八歳の時の彼女の歌を、十八歳の感性でリアルタイムに体験出来たということです。コンサートにもよく出掛けました。ファンレターを書いたこともあったけど、返事は貰えなかった。(笑)

 『荒地』で有名なイギリスの詩人、T・S・エリオットに、『マイナー・ポエトリーとは何か?』という文章があります。これも学生時代に読んだ少しあやしい記憶ですが、真に偉大な詩人というのは、一世紀に一人か二人くらいしか出ないもので、歴史に名を残すほどではない小ぶりな詩人(マイナー・ポエット)の方がずっと数が多い。しかし、そういう小ぶりな詩人にも実は重要な価値があるので、それは読者が偉大な詩人に到達するためのステップになるというのです。自分も表現者として自己実現をしたいと思っていた当時の私は、ハコさんに対してはひそかな嫉妬の感情も持っていました。そしてエリオット理論を援用して、彼女は自分にとってひとりのマイナー・ポエットなのだと思い込もうとした。

 しかし、その後もどんな偉大な詩人に到達するでもなく、彼女の歌には折りにふれ回帰して行ったのです。既に中高年の域に達し、十代の頃の感性を失ってしまった今でも、特に彼女の初期のアルバムを聴くと、その圧倒的な存在感と、信じられないほどの情感の深さに言葉を失います。日本のポピュラー・ミュージックの世界で、これほどまでに深い精神性を持った歌い手が他にいただろうか?(たいへんなファン心理ですね。苦笑) 少なくとも、もっとメジャーになってもいい人だと思います。五輪真弓さんや中島みゆきさんや井上陽水さんといったアーティストと同様、クラシックとして残って行くべき人だと思う。

 ところが、常に偉大なマイナー・ポエットであった彼女の作品には、今ではもう手に入らないものが多いのです。CDも廃盤になったものが多いし、CDが世に現れる前のレコード時代の傑作には、一度もデジタル化されていないものも多い(『流れ酔い歌』、『歩いて』、『幻想旅行』等々)。また、アルバムには入っていないドーナツ盤にも傑作が多いのですが、これもCDにはなっていない(『桧原ふるさと』、『風の歌』等々)。私は本当に心配になります、こういった傑作たちのマスターテープは無事でいてくれてるのだろうか? これはどう考えても重要な文化財です。ぜひレコード会社には、こうした貴重な作品をデジタル化して、もう一度世に出して欲しいと思う。きっと今の若い人でもファンになる人は多い筈です。と、超マイナー・ブロガーの自分が呼びかけても、どうにもなりませんか…

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コメント

マスターテープの耐用年数は20年です。

 しかも、電気安全法ができたので、「その当時の音」で聴くことはできなくなるでしょう。

投稿: lera | 2006年3月 7日 (火) 12時46分

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