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2005年12月11日 (日)

セイニアーリッジ政策を考える

 現在の日本国で何が一番の問題かと言えば、国や自治体が抱える莫大な借金以上に、重要かつ緊急な問題があるでしょうか? あまりに巨額なものだから、政治家も経済学者も、誰もこれとまともに取り組もうとさえしない。この問題を今回は取り上げてみようと思います。と言っても、最初に断っておきます。日頃から浮世ばなれした哲学の問題ばかり考えている私は、時事問題にはとても疎くて、なかでも経済問題は特に苦手科目なのです。でも、これだけは問題提起しておかないと、安心して年を越せない(笑)。無茶を承知で無謀な議論をします。間違ったことをいろいろ書くと思いますので、ぜひ読者の方からは、ご意見、ご叱咤を頂戴できればと思っています。

 まずは事実から確認しましょう。現在国の借金は約800兆円、これに地方自治体の借金や国の隠れ借金まで足すと、国民の持つ総資産1400兆円にも匹敵する借金の額になるそうです。簡単に言ってしまえば、勤勉で貯蓄好きな国民が汗水ながして蓄えたなけなしの貯金を、国や地方自治体が景気よく全部使ってしまって、いまや銀行の金庫も国の金庫もカラッポ、そういう状況と言えると思います。これはいまや多くの国民が認識していることです。そしてさらに恐ろしいことには、国の年間予算は一般会計予算だけでもおよそ80兆円なのに、税収はその半分の40兆円、不足分は国債で(つまり更なる借金で)まかなっており、年間に発行される国債の額は170兆円ほど。そのうち100兆円以上は借換え債、つまり国債の償還や利払いのために、また新たな国債を発行せねばならない状態になっている。まさに借金が借金を産むという悪循環に国家が陥っている訳です。ここ何年ものあいだ、我が国の金融は超低金利の状態が続いていますが、それは日銀の金融引き締め政策のためだけではない、金利が5パーセントつけば国債の利払いだけで国のすべての税収がふっとぶという異常な借金のせいで、金利を上げたくても上げられない、これが実相であろうと思います。

 子供が考えるような素朴な疑問があります。国がお金に困っているなら、たくさんお札を刷って、それで借金を返せばいいじゃないの。ごもっともな疑問ではないですか? ところが、今の時代は昔と違って、たとえ議席の三分の二を持つ自民党でもそんな勝手なことは出来ない。日本のお金は、政府が発行している訳ではなく、株式会社である日本銀行が発行しているものだからです。株式会社である以上、何も無いところから打出の小槌のようにお金を生み出せる訳ではない、自ら所有する資産に見合った(会計的に言えば貸借バランスを前提にした)紙幣を発行出来るだけなのです。ところが、日銀自体にはめぼしい資産がある訳ではない、国から約束手形(国債)を買い取って、その代金として紙幣を発行する仕組みです。それは日銀の貸借対照表に載り、公開されます。国民が知らないところでお札がひそかに刷られているということはないのです。(但し、これは紙幣についてのことで、硬貨については政府が直接発行権を持っています。まさに打出の小槌ですが、発行量が少ないので大目に見られているようです。)

 ところが、この打出の小槌を、ある条件のもとで政府に与えてしまおうとする考え方があります。それがタイトルに挙げたセイニアーリッジ政策です。(シニョレッジと発音する場合もあるようです。原語はSeigniorage。日本語に訳せば、通貨発行特権となります。) これは本来の通貨発行の規律を破るやり方ですから、禁断の政策と言われたりもします。しかし、その危険性を承知した上で、いまこそこのセイニアーリッジ政策を発動すべきであるという議論が、一部の経済学者や政治家のあいだで起こっているのです。通常の歳出削減策や増税では、とても焼け石に水でしかないほど、国の借金がふくれ上がってしまっているからです。過去を振り返れば、明治政府が不況脱出のために、一度だけこの政策を行なったことがあって、その時はおおむね期待通りの成果を上げたと、この政策を支持する人達は言います。当然、打出の小槌で打ち出したお金をばらまくのですから、インフレの懸念はあります。が、現在の日本のようにデフレ・ギャップが大きい経済状況では(つまり、国内の潜在的な生産能力に余剰があり、需要の不足からモノや設備が余っている状況では)、多少の貨幣の増加は深刻なインフレには結び付かないという試算もあるようです。

 この政策を国に許すということは、要するに国民の血税をさんざん無駄づかいして、莫大な借金を抱えてしまった国に対して、借金棒引きの徳政令を認めるということです。国民感情として、そんなことが許せる筈がない。それは当り前です。先日テレビを見ていたら、税金の無駄づかいの現場を検証するというバラエティー番組をやっていました。国内にある公共施設で、何故こんなものに多額の税金を投入したのかと思われる建造物を、観光スポットをめぐるように見て回るという趣向です。大阪府が千数百億円をかけて建てたという、最近のラブホテルでさえかくまで悪趣味ではあるまいと思われる奇怪なデザインの下水処理場とゴミ焼却場を見た時には、さすがに温厚な私でさえ床をこぶしで叩きつけましたよ。しかし、しかしです、いま私たちが考えなければならないことは、こうして作られた巨額の借金は、我々のような年配者ではなく、かならずや今の若い世代の人たちや、これから生まれて来る子供たちにとっての、重いツケになってしまうだろうということです。何がどうあっても私たちは、これら負の遺産を次の世代の重荷にならないようにしなければならない。

 だとすれば、たとえインフレになり、私たちの給料や貯金の価値が多少目減りしようと、ここらでこの借金に歯止めをかけることがどうしても必要だというのは当然の結論になります。一説によれば、消費税率を20パーセントまで上げても、国の借金の肥大化には歯止めはかけられないという試算もあるのです。私は、経済学者の理論としてではなく、国の将来を憂うるひとりの国民として、セイニアーリッジ政策を支持します。どう考えても、ほかに良い方法があるとは思えないからです。それは今後定常的に消費税率が上がって行き、しかも国の借金は一向に減らないという混迷の未来を選ぶか、一時はハイパーインフレの波をかぶり、社会が大混乱する可能性もあるが、それを堪え抜けばもはや借金の心配をする必要がなくなる、そういう未来を選ぶかの二者択一のようにも思えます。(但し、これでチャラになるのは国の借金だけで、個人の借金はそのまま残ります、口惜しいことに。)

 さて、もうここまででも充分危険な議論ですが、さらに素人の空想はその先に進みます。それでは具体的にどのような方法で政府発行の貨幣を作るか? 硬貨は今でも政府発行貨幣なのですが、この政策のために、まさか千円玉や一万円硬貨を作る訳には行かない。まあ、作ってもいいが、それは国民生活に混乱と不便をもたらすだけです。それよりうまい手があります。大蔵省、じゃなかった財務省の印刷局にある輪転機を借りて、政府発行の精巧な(日銀券とそっくりな)お札を刷るのです。まったく日銀券と見分けがつかないのは規律上よろしくないので、お札の表面に印刷してある「日本銀行券」の文字を「日本政府券」に換えてもいい。要するに人間が見れば違いが分かるが、銀行のキャッシュ・ディスペンサーや街角の自動販売機など、機械には見分けがつかないように作るところがミソです。これによって、日常生活では何の不便もなく日銀券と同じように使える政府発行紙幣が実現する。むろん、政府発行券を受け取り拒否などしたら法律で罰せられますし、なにより我々国民がそれを区別することを許さない。我々国民は、歯を食いしばってこの政府発行のニセ札(?)を使い続ける。それがすなわち、国の莫大な借金を国民が肩代わりすることに他ならないからです。

 次にどのようにこの政府発行紙幣を市中にばらまくかという問題です。セイニアーリッジ政策を景気刺激策と考えれば、各家庭の口座に一律百万円ずつ振り込むなんて乱暴な施策も思い浮かびますが、私の考えるこの政策の目的は、ただ国の借金を帳消しにすることだけですから、もっと簡単な方法で済みます。要するに、満期が来た国債の償還とその利払いにのみ、政府発行紙幣を使うのです。そのための条件として、国は今後新規の国債発行を原則として行なわないことが前提となります(そうしないと、それこそ無制限の打出の小槌になってしまう)。実際には、政府通貨発行額の予算を決めて、それに見合った額の国債を償還して行くような細かいコントロールが必要になると思います(このへんの検討は専門家にお任せします)。重要なのは、この政策を採ることによって、国民は国が持つ巨額の借金という悪夢に、もう悩まされることが無くなるという点です。自分たちの税金が借金の利払いに使われているという不愉快な事態も解消されます。

 むろんこの政策が実現したとしても、無駄な歳出の削減は引き続き行なわなくてはならない。その上でどうしても必要ならば、多少の増税にも国民は耐えるでしょう。とにかく今の政府のように何もしないでいるのが一番まずい。放っておけば、今年もまた何十兆円かが国の借金に付け加わるのです。しかし、この政策が実施されにくい理由もまたはっきりしています。借金を先延ばしにしておけば、政治家はとりあえず次回の選挙では国民を敵に回さずに済むからです。この構図があるからこそ、セイニアーリッジ政策については誰も表立って言い出さない訳ですし、国の借金もこんなバカげた額にまでふくれ上がってしまった訳でしょう。

 ところで、この難しい政策を実行出来る人が日本にたったひとりだけいます。来年の九月に任期退陣を表明している小泉総理大臣その人です。絶妙なタイミングだと思います。小泉さんにはその指導力と国民からの支持を活かし、お辞めになる前にぜひもう一度改革の大ナタを振るっていただきたい。これこそ真の構造改革です。これが成し遂げられれば、将来の世代は小泉さんのことを、自分たちに生きる希望を残してくれた名宰相として思い出してくれるのではないかと思います。郵政民営化のためなら命も要らないと言ったあなたなら絶対に出来る筈です。


(セイニアーリッジ政策に関しては、これを真面目に考える立場から、とてもいい情報を発信されているホームページがあります。『経済コラムマガジン』というページです。今回私が書いたようなデタラメな記事ではなく、きちんとした理論の裏づけをもって、これを検討されています。毎週更新される記事は、毎回何か新しい視点を読者に与えてくれる、おすすめのページです。)

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