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2005年11月13日 (日)

行政の怠慢による逆転現象

 先日の新聞に、山本譲司さんという人のインタビュー記事が載っていました。この人は衆議院議員時代に秘書給与詐取事件のかどで実刑判決を受け、獄中生活を経験した人だそうです。刑務所の中では、障害を持つ受刑者のための世話係という仕事をしていましたが、そこで驚くべき事実を知ります。少し長いですが、記事から引用します。『知的障害、精神障害、認知症(痴呆症)など様々なハンディを抱えた彼らは、法律の未整備や差別のために社会から排除された末に刑務所に服役していたのです。無銭飲食や置き引きなど、社会に受け皿があれば犯さずにすんだ微罪を繰り返し、実刑となる。入所者の高齢化は世界で突出して高く、刑務所の一部が福祉の代替施設になっている実態に驚きました。』 受刑者のこんな言葉も紹介されています、『これまで生きてきた中で刑務所の中が一番暮らしやすかった』。

 昔から食いつめた貧乏人が、自ら刑務所に入るために比較的軽い犯罪を犯すことはままあったようです。刑務所の中には食べるものがあり、寝るところもあるからです。作家の浅田次郎さんの本で読んだことがあります、こういう服役者を、業界用語(?)では懲役太郎というのだそうです。刑務所の中では、他の囚人達から馬鹿にされる存在だそうですが、多少馬鹿にされたって、ホームレスになって飢えや寒さで生命の危険にさらされているよりはいい。人を傷つけるような犯罪はうまくないが、無銭飲食や置き引きくらいなら人間ひとりの命を助けると思って大目に見てもらいたい。このように考える人がいても、それを不道徳だと言って一方的に責めることは出来ないような気がします。

 今日では犯罪に対する刑罰は、世間に対する見せしめや同害報復であるよりも、犯人の更生と社会復帰を目的とした教育刑という意味合いが強いようです。私はこのことは社会全体の道徳的な向上という点から見ても、とても良いことだと思っています。私自身は残念ながら刑務所の内側を身をもって体験したことがありませんが(これも私が作家を目指して浅田次郎になれなかった理由のひとつかも知れません)、現代の刑務所は、例えば戦前のそれに比べて、ずっと明るく衛生的になっているでしょうし、服役者への待遇も人道的なものになっているのではないかと想像します。これも民主的な先進国としてはかくあるべきことです。が、そこに困った問題が出て来ます。つまり、ある立場の人たちにとっては、塀の外よりも中の方が居心地がいいという逆転現象です。

 いくら刑務所の中にも人権があると言っても、そこがあまりに居心地のいい場所であれば、教育刑としての効果も充分に期待出来ないおそれがある、やはり刑務所は暗く不衛生でじめじめした場所であることが必要だ、そう考える人もいるかも知れません。いや、刑務所の中では人間としての基本的な自由が制限されているのだから、そのことで充分制裁としての機能は果たされている、環境や食事などをことさら劣悪なものにする必要は無い、そう考える人もいるでしょう。考えてみれば、このことは意外に奥の深い重要な問題であるような気がします。つまり、国家や社会が受刑者に対してどのような処遇を採るかということは、言ってみればその国の基本的人権の基準ラインを現実的にどこに置くかということと等しいことのように思えるからです。誰がどう考えても懲役太郎は割に合わない、そういう社会保障の体系を作らなければ、刑罰による犯罪抑止という当り前なことさえも絵に描いた餅になってしまうかも知れません。

 これと同じような問題は、身の周りを見回せば他にも見つかります。例えば最近なにかと話題になっている年金の問題もそうです。今は若くて勤労意欲のある人でさえ、なかなか職に就きにくい時代ですから、厚生年金にも国民年金にも入っていない若い人たちが増えている。年金加入は国民の義務だと分かっていても、そこには現実的な損得勘定も働きます。年金財政はこのままでは破綻する可能性があるかも知れないが、一方で日本には生活保護というけっこうな制度があって、掛け金無しでも最低限の生活を保障してくれる。しかも今の制度では、六十五歳まで国民年金を払い続けた場合よりも、生活保護で受給出来る金額の方が高いということを知ってしまえば、真面目に年金を払うのも馬鹿々々しいというのは合理的な結論です。ここにも制度としての逆転現象がある。私はまったく明らかなことだと思うのですが、こういう逆転現象を放置しているということは、行政の怠慢以外の何ものでもない。それは国民の真面目な勤労意欲を萎えさせ、道徳心をも麻痺させるものです。

 政治が放置している逆転現象は、まだまだ他にもあるでしょう。税制の分野や福祉の分野、医療の分野などでもこうした納得の行かない(一部の人には納得の行き過ぎる?)不公平な逆転現象が起こっている。どれも国民生活への影響の大小はあっても、根は同じ問題です。要するに先進国だ民主国家だと言っても、まだこの国の行政能力はその程度だということでしょうか。小泉政権が改革すべき点は、まだまだたくさんあると思います。

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コメント

 現在の拘置所収容者を構成する人たちは「老人」「外国籍」「こころに病気のある人、あるいは発達遅滞の人」です。

 自由を制限されても苦痛を差し引きできる「懲役太郎」の比率はかなり低いです。

 しかし、花輪和一の「刑務所の中」を読んだりすると「はじめて朝飯のうまさがわかった」「はじめて年越しそばを食べた」という人々がいることも事実です。
 彼らは社会から疎外された人々です。

 再犯の問題もあります。
 日本では出所すると「ほうり出す」だけです。お金も、行くところもありません。野宿者になるか、再犯するかになってしまいます。

 刑事政策の大きな目的は、「犯罪は社会がつくる。よって犯罪の原因を社会に求める」ということです。

 犯罪の多くが経済犯と、それに付随する粗暴犯ですが、これらは「格差」や「差別」から生まれます。
 社会が犯罪を作るのです。

 生活保護の諸問題の一つは、憲法で保証された保護が受けられない実態です。市区町村で不受理が頻発しています。

 年金制度の問題の一つは、負担方式です。累進課税を前提とした直接税で年金資源を賄い、支給は一律にすべきなのです。
 アメリカと日本が貧困率ベスト10に入る現実がそこにあります。
 支給方法の問題もあります。減価償却材の支給の方が効率がいいはずですが、けしてそうしません。

 労働の質を問うことも大切かもしれません。
 労働を金融資本との交換とのみ考えていると、「金銭収入がふさわしくないとバカバカしい」となってしまいます。

 逆転現象ではなく、政府の社会への考え方が逆転しているのです。

投稿: lera | 2006年2月27日 (月) 14時56分

leraさん、はじめまして。大変示唆に富むコメントをありがとうございます。

なにぶん不勉強なもので、日本の拘置所や刑務所の中がどうなっているのか、よく調べもせずに記事を書いてしまいました。私にとって「塀の中」の知識と言えば、ほとんど浅田次郎さんの本で読んだものくらいです。(例えば『天切り松闇がたり』だとか『極道放浪記』シリーズだとか。どちらも大傑作です。) そうですか、「懲役太郎」と呼ばれる人は、今はそんなに多くないのですか。

「社会が犯罪を作る」という言い方は、気持ちとしては共感出来るのですが、使い方に気を付けなければならない言葉だと思います。もしもこれを必要な社会保障制度の未整備による犯罪の増加という意味で捉えれば、その通りだと思います。が、個々の犯罪を犯した人への弁護の言葉として使ってしまうと、それは間違いだと思う。たとえ社会制度に問題があっても、犯罪に対しては私たちは連帯して立ち向かわなければならないというのが私の考えです。もちろん、やむにやまれぬ境遇といったものはあるでしょうし、それが裁判での情状酌量につながることは自然なことです。

生活保護の認定の問題も難しいですね。ちょうど今日のニュースで、生活保護世帯が百万世帯を超えたと伝えていました。これから無年金者や失業者の増加に伴って、ますます生活保護が必要になる世帯は増えるでしょう。聞いた話では、生活保護の認定を受けるためには、親兄弟の家計状況まで調べられるそうです。それで受給の申請をためらう人も多いのだとか。そしていよいよ生活に行き詰ってホームレスにでもなれば、今度は定住所が無いので、生活保護の申請さえも出来なくなる。これは国による公然とした棄民政策です。

現在の国の財政事情の中で、生活保護の制度をこのまま維持して行くことは不可能だという気がします。これを打開するためには、例えばお金による支援を止めて、生活保護家庭のために効率の良い集合住宅のようなものを国が作るというアイデアはどうでしょう。家賃はタダ、食事も無料ですが、現金の収入も無し(多少の小遣い程度は必要でしょうが)。民間のノウハウを活用すれば、今の予算よりずっと安い生活保護体制が作れるような気がします。いや、でも、駄目ですね。それはきっと新しい被差別部落のようなものを実現してしまうだけでしょう。支える側にとっても、支えられる側にとっても、納得の出来る社会保障体制をどうやって築くか。これは国民みんなが考えなければならない、本当に重要な問題だと思います。

投稿: Like_an_Arrow | 2006年2月27日 (月) 23時38分

Lika an Arrowさんのおっしゃる

>生活保護家庭のために効率の良い集合住宅のようなものを国が作るという

 というご意見は小生が述べた
>支給方法の問題もあります。減価償却材の支給の方が効率がいいはずですが

 と同じですね。

 年金者住宅、生活保護住宅などはほとんど整備されていません。
 その原因を問うことが「社会学」の始まりです。

投稿: lera | 2006年2月28日 (火) 11時48分

なるほど。「年金者住宅」や「生活保護住宅」なんていうのも、アリなんですね。(笑)

私の空想する生活保護住宅は、経済的な貧困層だけでなく、経済的意欲における貧困層も受け入れてくれるような施設です。つまり、働けるけど働きたくない、<怠け者>も入れるような施設という意味です。入居資格は、一応国内に在住していることと(無論国籍は問いません)、一定額以上の資産を持たないこと(資産があっても国に寄付すれば入居可)。もしもそんな施設が実現したら、私はすぐにでも入居したいです。なにしろ私の理想の生き方は、樽の中に住んでいたというギリシアのディオゲネスのような生き方なんですよ。(笑)

投稿: Like_an_Arrow | 2006年3月 1日 (水) 23時33分

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